ホーム 04【知る】 連載エッセイ【ハロー三重県】第6回「お数珠悶着」

連載エッセイ【ハロー三重県】第6回「お数珠悶着」

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三重県に嫁ぐと決まってしばらくした頃、母が
「ハネ君のおうちの宗派はなんなの」と訊いてきた。
「わからない」と答えると、「聞いておいて」とのこと。

今の夫、当時の婚約者にその旨訊ねると、
「知らない。なんか仏教」と返ってきた。
そんなことってないだろう、と驚いた。

私の実家は、ここでも何度か書いているのだけど、石川県だ。
石川県の人間はたいてい、とても信仰深く、どの家にも金箔が貼られたびかびかに光る大きな仏壇が置いてある。
毎朝水を替え、炊き立てのごはんをお供えしてるご家庭も、私が子どもの頃ではまだ全然珍しくなかった。
私の実家でも、母の実家でも、友達のおうちも、そういう風だったし、現に私の実家では今でもそういう風にしている。
私の実家は富山県との県境近くにあったので、もしかすると富山県の文化が影響しているのかもしれない。
なんにせよ、お仏壇に向かって手を合わせることや、お念仏を唱えることは生活の中にあった。

母に、
「わからないらしい」
と伝えると、母もやはり驚いていた。

「じゃあ、お念仏を訊いてみなさい。なんまんだーとか、あるでしょう。それを聞けばだいたいの見当はつくから」

北陸の人間の仏がらみの知識はすごい。
いざ、夫に訊ねると、その答えに私も母もひっくり返った。
彼の答えはこうだった。

「あん」

あんとは。あんとはいったい。心当たりがドラえもんくらいしかない。

「お墓参りのとき、あん、って言って、手を合わせるよ」

略式が過ぎる。短すぎる。
私の実家のお墓参りなんて、真夏の炎天下、30分以上にわたるおばあちゃんの念仏を聞かされていたというのに。

お墓参りが1秒で終わってしまうではないの。

*

前置きが長くなってしまったけれど、母がしきりに宗派を聞きたがっていた理由は、私の嫁入り道具にお数珠を持たせるため、だった。

「相手のおうちの宗派に合わせてお数珠を持たせるものだから」

ということらしい。

母もしぶとい性格だから、

「じゃあ、ハネ君のおうちの人に聞いてもらいなさい」

と粘る。

このあたりで私はわりと面倒臭くなってきたのだけれど、なんとしても相手のおたくの宗派に合わせた数珠を持たさなければならない母の執念に、抗う気も起きなかった。
しぶしぶ、婚約者に事情を話して、実家の親御さんに電話をかけてもらった。

「こういう事情で、そう、宗派……、分からない……?お父さんにも……あ、そう。じゃあ、お数珠って……あぁ、へえ、うんわかった」

お察しの通り、宗派に関しては彼の親でさえも分からなかった。
そして、どんな数珠を持てばよいのかという問いに対しては、なんでもよいのでは、という私の母の対極を行くような非常に朗らかな解答が得られた。

因みに、彼の母にお数珠に関してを訊ねると、「黒真珠」という素材に関してのみの返答だった。
「へぇ、三重県だけにね」、とか別にうまくもなんともない返事をして、さて母になんて伝えようかと考えるとますます面倒臭くなった。

「えっと、彼のお母さんも分からないって言ってた」

「ええ?!じゃぁ、お義母さんはどんなお数珠だって?」

「黒真珠って言ってた」

「素材じゃなくて…ほら…あるでしょう」

「とにかく、誰にも分からないみたいだからもう、いいんじゃないかな」

そんなようなことを伝えると、母もようやく諦めたようだった。

そんなわけで、実家で使っていたお数珠をそのまま持って、私は三重県に嫁いだのだった。

*

お嫁にいって、1年くらいたった頃、夫の実家で法事があった。
実家に親戚の人たちが集まって、近所のお寺に法要に行った。
すると目に飛び込んできたのは「臨済宗」の3文字。
大きく木の板に書かれてあった。
あんなに悶着した、母が知りたかった解答があっさりと手に入ってしまった。
そして、時同じくして義父もそれを発見したらしく、大きな声で、「臨済宗や!」と言った。

「サエちゃん!分かったぞ臨済宗や!!」

60年生きて初めて知った、と義父は続けた。
そして、「そうか、臨済宗か」と何度も噛みしめるように呟いていた。
「気にしたこともなかった」とも。

後日、一応、その事実を母に伝えた。

「そっか、臨済宗ね。そうか。でもあれね、みんな頓着しないのね。お数珠なんてなんでもいいのかもしれないね。もう今のまま、そのお数珠持ってなさい」

と母も憑き物がとれたかのような返事をした。
母が新しい価値観を手に入れた瞬間だった。

*

このおおらかさは夫の実家に限ったことかと思っていたのだけど、とある県民の方にこのお話をしたら、「いや、そういうもんでしょ!」と返ってきた。
「じゃあ、法事とか49日とか、あらゆる法要がなんていうか、全体的にお供えとか服装とか、とても、つまり、カジュアルに感じるのだけど、そういうものなの?」と訊ねると、やはり、「そういうもの」らしかった。

どちらがいいとか、そんなことを議論するつもりはまったくないのだけど、でも、私の実家でおじいちゃんの49日があったあの日、父が左右違うグレーの靴下を履いていて、それをみた母が「親戚に顔向けができない」とこの世の終わりみたいに落ち込んだあの姿を思い出すとき、やっぱりちょっと三重県っていいよねと思ってしまうところって、ある。

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