ホーム 00夏 連載エッセイ【ハロー三重県】第5回「秘境は楽し」

連載エッセイ【ハロー三重県】第5回「秘境は楽し」

8月のある日、秘境に行ってきた。
秘境と言うと語弊があるかもしれないけれど、森に囲まれて、透明度が行き過ぎてエメラルドグリーンに輝く川が流れるそこは、私にとっては十分すぎるほど秘境だった。

石川県の能登で育って、大阪と京都に住んで三重に流れ着いた。
地元の川は泳げるような代物ではなかったし(浅くて、汚かった)、大阪で川と言えば道頓堀川だし、京都の川と言えば鴨川だった。
道頓堀川はワールドカップとかでおめでたくなった時におめでたい感じの人が飛び込む類の(だめ)川だし、鴨川に関しては意外と流れも速いし、観光客とカップルが大概土手に座ってまったりしているから、どちらにおいても泳いだりするなんて考えたことは微塵もない。

川で泳ぐ、それすなわちそれだけですでに、私にとっては秘境案件なのだ。

清流宮川の秘境感

秘境には私たち家族と、お友達一家で行った。
場所は大台町の久豆というところ。
そちらに大杉谷自然学校というNPO法人があって、年間を通して自然遊びを軸としたプログラムを展開してくれている。
今回参加したのは「家族で川遊び」というプログラム。
現地についたら、ライフジャケットを貸してくださって、スタッフさんとともに川遊びを体験する。
土地勘のあるスタッフさんがいるので、飛び込みスポットとか、魚の取り方とか、沢登りとか、安全な状態で提供してもらえるのがとても心強かった。

泳いだ川は宮川だ。
あの清流宮川。

ここ、拡声器持って大声で言いたい。
三重県にはかつて、国土交通省の一級河川水質調査で過去11回にわたって日本一に君臨したほどの清流が流れている。
しかも、私たちが泳いだのはその上流だ。きれいじゃないはずがない。
だって水の色がエメラルドグリーンだ。
そんなの、ギリシャとか中国の雲南省とか、なんかとにかくどっかうんと遠くまで行かないとみられないと思っていた。
両足と両手を負傷するだけして、ようやくたどり着けるものだと思っていた。
ところがだ、ミニバンで軽やかに駐車、駐車場から徒歩3分のアクセスで到着だった。きっと世界一アクセスが素晴らしい秘境は大台町久豆で合ってると思う。

秘境で私たちはそれはもう、はしゃいだ。
私も夫も子どもたちも、お友達一家も、大はしゃぎだった。
だって秘境だもの。
水は冷たくてきれいだし、魚もいるし、カエルもいるし、岩からダイブだってできる。
なんかもう、最終的にはライフジャケットの浮力で浮いてるだけで、あはーの世界だ。解放感に眩暈がする。

脚ってほんとにすくむの

秘境でのハイライトをお伝えするなら、間違いなく岩からダイブだと思う。
私はわりと街の方で育ったものだから、川だけじゃなく、岩に対しても免疫がない。岩から川に飛ぶなんてジブリとかそんな世界のものだと思っていた。
だから、大杉谷に行くと決まってからというもの、私の頭の中は岩からダイブ、一色だったと言ってもいい。
ところが、ありがちな話で申し訳ないのだけど、いざ飛ぼうと思うとこわいのだ。足がすくむって言うけれど、ほんとうにすくむのだ。自分の足が震えるところを生まれて初めて見た。
子どもに「飛んでよ~!今日くらいしかできないよ~!!」と高めのテンションでけしかけた後だったからしこたま恥ずかしくて、もう笑うしかない感じだったのだけど、まぁ、震えるしすくんでいた。
スカイダイビングとかやってる人、強すぎない……??

結局、岩の上では終始すくみっぱなしだったから、スタッフさんが教えてくれた、「低いジャンプスポット」というところから飛ぶことで面目を保った。
低くても十分快感だったし、楽しかったから、以後、秘境に行ったら低い所から飛ぶことにする。
因みに友達家族は、夫婦そろって一番高いところから飛びまくっていて、ハートの強さを感じるばかりだった。すごい。

親がこんな有様だから、子どもたちはダイブなんてもってのほかという感じで、おもに泳いだり、魚を追いかけたりして遊んでいた。
末っ子(2歳)に関しては、ライフジャケットの浮力をまだまだ理解できないものだから、足がつかない場所ではひたすらに怯えていた。
さらに、浅瀬ですら、立ったまま顔だけが水に突っ込むという器用な溺れ方をしたがために、その後しばらくテンションがだだ下がっていて、わりと憂鬱な感じだった。

なにをもって楽しむかは自由だもの

そんな末っ子が唯一いきいきと遊んでいる瞬間があった。
川べりにはスタッフさんが用意してくれて、タモや網がたくさん置かれてあって、末っ子はその中でも大人の手のひらくらいの小さなタモを気に入っており、ずっと握りしめていたのだ。
なにを捕まえられるわけでもないのだけれど、その網が気に入ったらしく大切に持っていた。

末っ子をおぶって、対岸まで泳ぎ着いたとき、末っ子が急に何かに集中していた。
網を片手にけっこう長い間しゃがみこんでいた。
しばらくしてふと見ると、末っ子の網になにかしらが入っている。まぁまぁの量だった。
どおれ、と覗き込んだそこにあったのは、あろうことか大量の苔だった。
よりにもよって、苔。
見事なまでに、苔。

「それなに?集めたの?」

と訊ねると、

「うん、ぶっこりー(ブロッコリー)みたい」

とにっこり笑った。天使過ぎて泣けた。
間違いなく彼女のハイライトだった。

息子(5歳)は魚を触ったのが楽しかったと言い、夫は網で魚を捕ったのがいちばん面白かったと言った。
狩猟の本能を感じる。

さて、長女はなにがいちばんだったろうかと訊ねたら。

「骨!」

だった。

川から上がって川のすぐ上にある施設のお庭のようなところで、お昼ご飯を(カレーでした。とってもおいしかった)頂いたのだけど、そこに何者かの骨が落ちていたのだ。
スタッフさんの話ではおそらく鹿だろうとのことだった。

長女においてはその骨を見たことと、骨について解説してもらったことがハイライトだったらしい。

後日、彼女の絵日記にはタイトルが「鹿の骨」という日記が書かれることになり、骨の解説が書かれ、そこには川遊びの「か」の字も書かれていなかった。

もちろん、全然かまわないのだけどね。
なにを楽しむかは君たちの自由だし。
苔でも骨でも、全然。

ほらね、秘境

※今回行った、大台町久豆から10kmほど南下すると、ほんとうに「近畿の秘境」と呼ばれる大杉谷があるとのこと。仙人が住んでるとかいないとか。はてさて。

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