ホーム 00DayTrip 縄文人と私のモヤモヤ。櫛田川をのぼり山林の中央構造線月出露頭へ想像力を訪ねた。

縄文人と私のモヤモヤ。櫛田川をのぼり山林の中央構造線月出露頭へ想像力を訪ねた。

人はなぜ、想像力が発達しているのだろう。
ちなみに人には過去の像を再生する再生的想像力と、新しい像を生み出す創造的想像力があるらしい。

話は変わるが、以前に少しだけ中央構造線のことを書いた。日本を二分する約1,000kmの大断層帯だ。中央構造線の近くには諏訪神社や鹿島神宮など有名な神社仏閣が多く、伊勢神宮の内宮と外宮の2社間にも走るとされる。地図を眺めていて多気町から飯高町までの中央構造線の近くを、櫛田川が流れていることに気が付いた。今回、櫛田川の近くを沿って飯高の山を目指すことにした。

 

【 美 し い 田 園 風 景 と 神 社 の 間 に 】

まず向かったのは松阪市山添町にある飯野高宮神山神社。中央構造線からは離れているが、櫛田川沿いにある。

参道の真ん中に木が生えている。伊勢神宮でも見かける景色だ。

「倭姫命世記」によれば、倭姫命が天照大神の新たな神事を続けることができる場所を求めて大和国を出発し、途中に藤方片樋宮から飯野の高宮に移り4年間天照大神を祀ったとある。

関係はないが鳥居をくぐり本殿に向かう参道にJRの線路が通っている。

参拝をして次の目的地に向かう途中、櫛田川沿いに美しい田園風景が広がっていた。神話によると、倭姫命が天照大神を祀る地を探しに大和を出発して伊賀、近江、美濃などの国々を巡り伊勢に辿り着いたとある。私は過去にこんな話を聞いたことを思い出した。大和から伊勢まで約40年の歳月がかかっていて、実は倭姫命は訪れた各地で稲作を伝えていたのではないかという話だ。
川と歴史に想像を巡らせながら次は遺跡に向かった。

 

【 想 像 力 の 蓋 】

松阪市飯南町の櫛田川沿いにある粥見井尻遺跡では、ほぼ完全な形の縄文時代草創期の土偶が発見された。10,000年以上続いた縄文時代は、人と人の戦がなかったのではないかといわれている。最近そんな縄文時代が密かなブームになっていて、私もプリミティブな縄文アートが好きだ。

粥見井尻遺跡の壁画

そして直感だが、縄文時代から今を生きるヒントがあるような気がしている。
10名〜20名くらいの集団で暮らしはじめた縄文時代、もっと少ない単位または一人で暮らしていた縄文人は集団生活で精神的な苦痛も感じていて、宗教、呪術、タブー(禁止事項)などをつくり祭なども行っていたと記述があった。土偶は祭のときに割り、魂として住み家に持ち帰っていたらしい。

縄文人は何にモヤモヤしていたのだろう。
そして何かに祈ることでモヤモヤの解消に至るのは、すごい想像力だと思う。

粥見井尻遺跡の壁画

縄文時代から続く日本の歴史において、何かに統治され、特に物や情報が溢れかえっている現代の暮らしでは、想像力に蓋をしがちなのかも知れない。そんな情報化社会の次に、人類が経験したことがない人口減少社会が日本にやってくる。現代は人が個々に孤立しているが、人口減少社会では人々が今より共生する必要がある。そして新しい発想やイノベーションが求められてくる時代では、蓋をした想像力を解放することで何かを大きく変えるチャンスでもある。必要は発明の母という。

粥見井尻遺跡の壁画

人間の想像力は、時に論理の壁を軽々と超えていく。誰かのひと言に大笑いしたり、なるほどと呻ったり。イメージやインスピレーションを大切にして想像力を磨くことは、ある意味、その行為自体が豊かな暮らしに繋がっている気がした。

次にお昼ごはんを買いに向かった。

道中、美しい鉄橋があったので撮影しようとクルマから降りて歩いていると・・
幸せ家族の設定に、強いこだわりを感じるかかしがあった。

 

【 山 の 水 は お い し い お に ぎ り に 】

道の駅飯高に隣接し、今春にオープンしたおにぎり専門店八十八屋に立ち寄った。

松阪牛のしぐれ煮など地元素材を使ったおにぎりもあり、注文してからにぎってくれる。

おにぎりを待つ間、店員さんにこの地域のお話を聞いた。
この地域は広く香肌(香肌峡)と呼ばれ、その昔天照大神(伊勢の国)と天児屋根命(大和の国)が出会い、国境を決めるために投げ込んだとされる礫石があったり伊勢神宮、熊野詣、吉野詣の巡礼道の和歌山街道があるなど教えてくれた。

おにぎりを持ってきたスタッフに聞くと、ここは長井米生活農場が運営し、米は飯南町有間野で耕作放棄地などを再活用して育てたものだという。飯南町有間野の田んぼには養分豊富な山の水が直接流れ込み、また櫛田川の豊富な水があるので美味しい米が育つと聞かせていただいた。

そしておかずは八十八屋のとなりにある、たいやきわらしべの松阪豚フランクたいやき(甘くないたいやき)。

あたたかいおにぎりはふっくらと、そして米の味わいはこんなにも豊かだったのかと頬張った。

 

【 イ ン タ ビ ュ ー し た い 発 明 家 】

道中、美しい櫛田川が何度も顔を出す。

最後に向かったのは中央構造線が露頭している月出。

通行止めかと焦ったが、獣害対策用でした。開けて閉めてクルマで進めます。

道はいよいよ狭くなりクルマ一台通るのがやっとだった。

携帯の電波も届かない山奥。クルマを駐めてあとは徒歩で向かう。結構な急勾配の坂を下ると国指定の天然記念物、中央構造線の月出露頭が見えてきた。

中央構造線とはアジア大陸の東端の大陸と、南からやってきた太平洋側の大陸がくっついたときの接合面。

そのため、左下から右上に走る地層と右下の地層は色が異なるのを確認できる。左側(北側)は領家帯の圧砕岩、右側(南側)は三波川帯の黒色片岩。
七千万年ほど前に大陸同士がくっついて中央構造線ができ、私たちが暮らす日本列島ができた。そして想像力を働かせ日本人は進化してきた。

中央構造線の月出露頭から眺めた山と空。

ところで、五十万年とも八十万年ともいわれる前に、火を発明した人はどんな想像力を働かせたのだろうか。
できることならタイムマシンに乗って、インタビューしてみたい。
その時は、ほんやくコンニャクも忘れずに持っていこう。
にぎりたてのおにぎりも一緒に食べよう。

 

 

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で