ホーム 01【食べに行く】 連載エッセイ【ハロー三重県】第三回「伊勢うどん忌憚」

連載エッセイ【ハロー三重県】第三回「伊勢うどん忌憚」

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生まれて初めて伊勢うどんを食べたのは、まだ京都でお勤めをしていた頃だった。
当時付き合っていた彼氏(現夫)のアパートの冷凍庫にそれはあった。

その日はどういうわけか彼のアパートに私しかおらず、昼過ぎ頃に小腹が空いた私はそのうどんを茹でて昼ごはんにしようとしていた。
朝ごはんを食べていないし、少し栄養がとれたほうがいいよね、とたしか少しの野菜と少しのお肉を入れた「あん」をつくって、あんかけうどんにしようとしていた。
味付けは薄めのおだしの味。

湯がいているときからそのフォルムがいささか太いことには気が付いていた。
初めて見るスタイルだけれど袋にちゃんと「うどん」と書いてある。
ツルっとシコっとのど越しもよく、たべればきっとちゃんとうどんに違いない、と期待して私はうどんが茹であがるのを待った。

茹であがったうどんを見るとなんだか少し表情が野暮ったい。
見れば見るほどそのうどんは太いのだ。
ちょっとありえないくらいに太いのだ。

いや、でも「うどん」だ。信じるしかない。
うどんらしくのど越しつるんと爽やかなはずだ。

いったいこれはなんなのか

ひと口食べた私は愕然とした。
人生でこんなに柔らかいうどんを食べたことがなかったからだ。
コシというものがまるでなく、かといってもっちりかというとそうでもない。
あえて言うなら、うどんが水膨れした、そんな感じだった
そして、そのでっぷりと太ったうどんはあんをまったく絡ませない。あんかけうどんのあんがするんとほどけていく。
もにょもにょとした食感と絡まないあん、私の期待は激しく打ち砕かれて、人生で初めて「うどんにがっかりする」という出来事を味わったのだった。
うどんは裏切らない、と離乳食後期から擦り込まれていたはずのその思いがあっさりと覆されてしまった。

帰宅した彼(現夫)に、あのうどんはいったい何なのか、とおそらくたぶんいぶかしげな顔で訊いた。
(せっかくつくったあんは台無しになるし、うどん自体にもコシもへったくれもなかった。がっかりのランチタイムだった)
声に出したいのをぐっとこらえて、やんわり伊勢うどんを非難した。
「あんまりおいしくなかった」
そういうと彼は朗らかに笑って「タレがなくっちゃ」と言ったのだ。

タレ、だと。
うどんはおだしで食べるものでは。タレで食べるものなんて焼き鳥か焼肉くらいと相場が決まっている。私はたんぱくな食べ物代表、うどんの話をしているのだ。

結局その日、私と伊勢うどんの和解は叶わず、私はその後何年も伊勢うどんに不信感を抱き続けることとなったのだった。

再会、伊勢うどん

それから数年が経って、三重県に嫁いだ私は再び伊勢うどんと対面することになる。

その日は私の地元の石川県から友達が遊びに来ており、どこか食事に行こうという運びになったのだ。
彼女は土地のものを食べたいと言い、夫は伊勢うどんを提案した。
伊勢神宮に参拝に行く予定があるのなら、参道で伊勢うどんを食べてきてはどうかと言ったのだ。
私の内心は穏やかではなかった。
「あんなにもそもそとしたうどんを食べさせたらがっかりさせるのでは。『サエちゃんの住む町のうどんはだらしがないなぁ』と私の暮らしにケチがつくのでは」と不安にさえなった。
うどんって人生においてわりと重要だ。

彼女は夫の提案に喜んで賛成し、水を差すこともできなかった私はその提案に従うしかなかった。

*

伊勢神宮の参道には伊勢うどんが食べられるお店がたくさんある。
その中で老舗っぽいお店を選んで友達と入店した。
私は少しでも精神的ダメージを減らしたくて、生卵が乗ったものを注文した。
卵が好きなのだ。

運ばれてきた伊勢うどんにはなるほど、タレがかかっている。
おだしとは程遠い、黒々としたそれはまさしくタレだった。
再び、伊勢うどんと対峙するときが来た。
タレは黒くて味が濃そうだし、この太いフォルムはコシがないことも知っている。
私ひとりががっかりするのはいいけれど、遠路はるばる来てくれた友達ががっかりするのは嫌だし、同時に私の暮らしが残念なものに映るのも嫌だ(早く食べれ)。

ところが私の憂鬱とは裏腹に彼女はひと口食べると「おいしい!」と言った。
私と彼女はそのときすでに二十数年来の仲であり、私に気をつかってそんなことを言う人間ではないことは私がいちばんよく分かっている。
嬉しかった。ものすごく嬉しかった。
伊勢うどんが彼女の口に合ったことも、この町が彼女の目に色褪せてうつらずにすんだことも。

次いで私もひと口食べると、伊勢うどんは驚くほどおいしかった。
第一印象が最悪だっただけにその衝撃はかなりのものだった。
あたたかいうどんに甘辛いタレがしっかり絡んで、葱の香りと卵のまろやかさ、そして、ふんわりとした口当たり、すべてが融合して見事にちゃんとおいしかったのだ。

私は安堵と感激でいっぱいになった。
その後どこへ行って何をしたのかなんにも覚えていないくらいに、その衝撃は大きかった。

伊勢うどんはおいしかったのだ。

伊勢うどんの包容力たるや

なぜ今回伊勢うどんの話を書こうと思ったかというと、ちょうど今日、長女がお腹の調子を崩して学校をお休みしていて、伊勢うどんのお世話になったのだ。
スーパーで伊勢うどんをカゴに放り込みながら、ああ、かつてはこのうどんと随分と不仲な気持ちになったものだよねえ。と懐かしい気持ちになってそのことを書いてみたくなった。

コシの強い讃岐うどんももちろん大好きなのだけど、体調が悪いときはやっぱり伊勢うどんだな、と思う。
あのふわんとした柔らかさに包容力を感じる。
だしをつくる鍋も手間もいらないし、甘辛いタレが食欲の背中を押してくれる。
なんてありがたいのか。

食欲がないと言っていた長女もどんぶりによそった分をぺろりと平らげて、まだ食べたーい!と言っていた。

お腹の調子が悪いからそのくらいにしようね、と言いながら、君はおいしいうどんの町に産まれたんだねぇ、なんて思ったのだ。

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