ホーム 02【遊びに行く】 時は令和元年。東海道 桑名宿を笠かぶって旅しよう。

時は令和元年。東海道 桑名宿を笠かぶって旅しよう。

先人に想いを馳せて、東海道 桑名宿を旅したい。
せっかくなので知的に旅したい!というワケで、
強力な助っ人 桑名歴史案内人の会 会長 加藤重樹さんにご案内をお願いして、
旅はスタートしました。

先人をなぞらえ歩く東海道 七里の渡し

東海道のはじまりは、
徳川家康が関ヶ原の戦いの翌年に江戸を起点とする主要な陸上交通路の整備を行ったことと言われています。

江戸・京都間の53宿のうち、桑名は江戸から42番目。
宮(熱田)から桑名は、東海道唯一の海路のため天候によって足止めされることも多かったそうです。
そのため桑名には本陣2軒、脇本陣4軒、旅籠が120軒連なり、
桑名宿は大いに賑わいを見せていました。
本陣とは大名や幕府の役人、天皇の使いなど高貴な人の宿泊先で
脇本陣とは、本陣の予備的な宿のことです。

20194には、「まちやど桑名宿」という宿もオープンしています。
https://kuwanajuku.com/

先人に倣い、旅の疲れを癒してみるのもいいですね。

桑名宿と宮宿(現名古屋市熱田区)の間は江戸時代の東海道唯一の海路で、
その距離が七里(約28キロ)あることから、七里の渡と呼ばれました。
七里の渡は、ちょうど伊勢国の東の入り口にあたり、これより伊勢時に入る事を意味する
「伊勢国一の鳥居」が建てられています。
「一の鳥居」は、天明年間(17811789)に建てられ、現在は伊勢神宮の遷宮ごとに、宇治橋の北詰の大鳥居をもらい受け建て替えられています。

この大鳥居は、これより伊勢路に入ることから「伊勢国一の鳥居」と称されて、
伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられています。

ちょっとブレイク

紳士な御一行様と遭遇。

三重大学をご卒業されてから、
毎年同級生の皆さんで一年に一度
集まって旅行をされているのだそう。

前日は名古屋をまわられて、
木曽岬町でお泊りになり、しし鍋を食べられたそうです。

御年85歳。

殿方「その傘、いいですね。」

私「そうなんです、頭にかぶるので手が空くんですよ。」

殿方「それは便利ですね。」

私「そうなんです、頭上は開くので涼しいです。晴雨兼用です。」

殿方「それはそれは。」

この傘は頭に被っているからご挨拶する時は外すというのが正式な挨拶の形かしら、、、。悩む。

青春を共に過ごしたお仲間との旅行っていいですね。
道中お気をつけて。

先人をなぞらえ歩く東海道 寺町

七里の渡しから東に向かい歩く。

「寺町」には、桑名別院本統寺をはじめとする寺院が点在して、
現在では「寺町通り商店街」として栄えています。
南北に続くアーケードは約200m。

OTONAMIEをタブロイド版で熱心に説明して下さる歴史案内人加藤さん(右)と熱心に聞いて下さる桑名市寺町通り商店街振興組合理事長佐藤博之さん(左)

寺町通り商店街は、「北寺町」と「南寺町」で構成されています。
その境界は、こちら。


地面がアスファルト(北寺町)とタイル(南寺町)で分かれています。

寺町商店街といえば、月6回開催されている「三八市」。


三と八が付く日には、路面に市内外の農家さんやグルメが並び、
およそ5千人のお客さんで賑わいます。
桑名といえば。のはまぐりや惣菜、和菓子、洋菓子などの食べ歩きも楽しめます。
「映え」も狙えそうです!

お客さんもお店の方も会話を楽しんで、
買い物をする姿が印象的です。

 

今回の旅をご案内して下さったのは、桑名歴史案内人の会 会長 加藤重樹さん。

「桑名歴史案内人の会」はボランティアで観光ガイドをされています。
現在、桑名には63名の桑名歴史案内人がいらっしゃいます。
案内人は、希望すればすぐになれるわけではなく、
数か月の研修を経て、案内人デビューとなるのだそうです。
月に1,2回の勉強会があって、日々歴史について勉強されていらっしゃいます。
そして桑名歴史案内人さんが年間に案内するのは、なんと13000人になるのだそう。

多くの人やモノがここに集まり、交わりながら、栄えた桑名。
先人に想いをはせて歩いてみてはいかがでしょうか。


七里の渡跡
住所:桑名市東船馬町

寺町通り商店街
住所:桑名市三重県桑名市寺町

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