人にはそれぞれ生まれ育った場所がある。生まれてこの方そこ以外住んだことが無い人もいるだろうし、ある時期から疎遠になっている人もいるだろう。
筆者の地元は県内の「有間野(ありまの)」という小さな地区で、あるものといえば山や川だけ。電車は走っておらず、1時間に1本あるか無いかのバスに乗れば、駅まで片道1000円以上かかる。
小学校はもう無いし、今や鹿や猿の方が人よりも多いかもしれない。そんな、田舎の過疎の地区。
そんな背景を持っているが故、ALIMANO(アリマノ)というジュエリーブランドがある、しかもデザイナーは同郷の人、と耳にした時、初めは信じられなかった。あの山合いにある場所を冠したブランドなんて、しかも煌びやかなイメージがあるジュエリーという分野で。
好奇心がくすぐられ思い立った、ALIMANOのデザイナーに会いに行ってみよう、有間野の形とはいかようなものか実際に見に行ってみようと。
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取材場所に指定されたのは大阪にある専門学校、ヒコ・みづのジュエリーカレッジ大阪校。
ここの最上階の一部を工房として借りている、との事。
そしてこちらがALIMANOのデザイナー・花本由紀子さん。
お会いするや否やついつい口をつくのは地元の話。メールでのやり取りを受けて
「実は屋号を聞いてどこの人かは分かったんですよね〜!」とおっしゃった。
有間野地区の古い家には屋号(家のあだ名みたいなもの)があり、それで我が家の場所まで特定できる、やはり本物の有間野出身の人だ。
花本さんは高校卒業後、大阪にある大学の被服科へ進学。4年間服飾について学んだのち、アパレル業界に身を置く。長く勤務していたものの、旦那様の転勤で中国の上海市に赴くことに。ビザの関係上仕事はできなかったため上海大学で中国語を学び、帰国。何をしようかと考えていた時に、元々好きだったジュエリー制作を本格的に学ぼうと思い、同専門学校に進学。5年間の学びを経て卒業し、制作に専念するようになり2年目になるという。
因みに20歳前後の学生たちの中では社会人経験豊富な頼れるお姉さん的存在だったらしい。
ジュエリーの専門学校とあって、やはり設備は充実している。
いつも作業しているという机には普通のそれとは違う仕掛けが。
研磨する機械や広い洗い場なども併設されている。
「今は鹿のツノのジュエリーの新作の準備中です。ひとつひとつ丁寧に洗って、最後に漂白して本来の鹿の角の白い色に戻していきます」
特徴である幾何学的な形状になる前はいつもこのように下準備がされるとのこと。
早速現在メインで制作されているアクセサリーを見せていただいた。
まずは、那智黒石を用いたシリーズ「NACHT(ナハト)」から。ドイツ語で「夜」を意味する言葉をその名とした
ずっと触れていたくなるような触り心地の那智黒石は漆黒の種子のような形を成して付ける人の胸元や指先に輝きを添える。
「那智黒石は触れれば触れるほど艶が出るんです。持ち主が育てるような感覚を覚えてもらえたら嬉しいですね」と花本さんは語る。
次に、鹿のツノで制作された「DEER HORN JEWELRY(ディアホーンジュエリー)」シリーズ。古くから神の使いといわれている鹿。乱繁殖により近年ジビエとしても活用されているが、ツノは使い道が無く、そこに着目した。有間野地区や旧飯南町内(現:松阪市)などで得られるのは、今まで特段用途が無かったもの。
「鹿のツノも着ければ着けるほどツヤが出て経年変化を楽しめるんですよね」
青や橙に染まったカケラたちは鮮やかに発色する。
「こちらは地の色、または黒く染めたものに金箔を貼ったり、志摩産のパールを添えたりしたシリーズです」
陶器のような白からこんなに深い黒に染める事ができるとは。鹿のツノで表現できる色の幅は広いらしい。
「これは鹿のツノの芯の部分を輪切りにしたもので、銀箔を乗せてレースのような風合いに仕上げています。実はこのような網目が入るツノは全体の2割程しか無くて。貴重な模様なんですよね」
都会の中で山からとれた輝きをなんだか不思議な気持ちで触れる。それらは小さくも力強く存在感を示す。
それらの温度を感じながら今後について聞いてみた。
「そうですね、今は梅田の阪急百貨店で常設販売はしていたり、半年に一度開かれる銀座松屋での展示会には参加したりするのですが、他の国にも売り出していきたいとも考えています。
今までニューヨークとアムステルダムの展示会に出展した事があり、それぞれ学ぶことが多くて。自分のブランドに合いそうな展示会を見極めるのが大切だとか、その地域の人たちの性格とか。
欧米はもちろんまた行きたいですが、近隣国でも出展してみたいですね。アジアの方は来日した際に買っていただく事がよくあるので。今年はタイや中国での展示も考えているところです」
世界中、場所は変われど根底に有間野がある。何も無い、あの田舎が。そう感じさせたのは次の言葉を聞いた時。
「今はひたすらに素材と向き合っていきたいですし、三重のものでもっと試作もしていきたいと考えています。次々と新作を創り出す、というよりはそのものの良さを見極めて、相応しい形に仕立てたい、と考えています」
小さな田舎で過ごした時間はそれを経験した人の手が創るモノたちに宿り、着ける人が纏う空気となる。花本さんが創るのは、ありのまま、自然の美しさに力強さを加えた形。
手法は様々だけれども、私たち有間野っ子は大きくなっても地元を忘れられず、各々がそれぞれの方法で故郷への愛を知らせている。何も無いと思っていた田舎は、今や生きる礎となっている事を改めて確認した時間だった。
あなたの地元のにはどんな宝物が眠っているだろう?他愛もないものや忘れ去られたようなものでもアイデアと技で磨けばきっと光る。そのようなモノやコトが増えれば、場所を問わず広がる波が出来ていくのではないか、そう感じている。
hiromi。OTONAMIE公式記者。三重の結構な田舎生まれ、三重で一番都会辺りで勤務中。デンマークに滞在していた事があるため北欧情報を与えてやるとややテンションが上がり気味になる美術の先生/フリーのデザイナー。得意ジャンルは田舎・グルメ・国際交流・アート・クラフト・デザイン・教育。