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津名物 中村珈琲の焼カレー。人気はマヨたま!令和の時代に、昭和レトロよ永遠なれ!

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三重県津市の中心街、大門。

▲写真:わき道にそれて純喫茶。より

都ホテルの横に最近まであったcoffee中村。
1955年、津市で一番最初に開業した喫茶店で残念ながら今はもうない。

しかし津市西丸之内の市役所近くにある同系列の中村珈琲は今でも人気。
看板メニューは焼カレーや焼ハヤシ。
津市に生まれ育った私としては、市外や県外の友人にちょっと自慢したくなるお店でもある。

種類はいろいろあるが一番人気のたまごとマヨネーズの焼カレーを注文。
待っている間、大門のcoffee中村で60年以上もマスターをして、現在は中村珈琲のマスターをしている中村さんにお話をうかがった。

▲マスターの眼鏡

マスター:coffee中村は社交場みたいなところで、人間関係ができる場でした。高度経済成長期そしてバブル期と勢いのある時代。百五銀行の当時の金丸頭取などの財界人や政界人も多く通ってくれて、ざっくばらんにお話をしてました。皆さんジェントルマンでしたよ。

昭和から平成という時代の移り変わりを見てきたマスター。
マスターが子どもの頃のお話をうかがった。

▲マスターのキャップ

マスター:当時の百五銀行の川喜田頭取(陶芸家 川喜田半泥子)が東京三田の東洋軒からシェフを呼んできて、津の東洋軒が銀行の中にできたんですよ。当時としては珍しくエレベーターがあってね。子どもの私にはそれがおもしろくて、用事もないのにエレベーターに乗ってよく怒られました。「コラー!」って(笑)。

東の魯山人、西の半泥子とも称される川喜田半泥子
スーツでろくろを回す、粋人だ。

マスター:当時は目上の者が年下の人におごるのが当たり前。でも平成になって景気が悪くなってきたときに、とある保険屋の社長が年下の人とやってきておごらなかったんですね。そういう時代になったかと。昭和の時代は会社組織に、人間味みたいなものがありました。

できたての焼カレーが運ばれてきた。
何度食べても、飽きのこないクセになる味。
見た目よりあっさりとした味わいなので、ボリュームがあってもペロリと完食。
チーズやキャベツと焼カレーの相性もよい。

▲「写真撮るんやったら美容院いってパーマあててきたのに(笑)」と、明るい雰囲気の奥さん。

話を聞くとたまごや野菜そしてマヨネーズまで、徹底して高い食材を選ぶという。

▲マスター

マスター:そんなことしとるから儲からんのやわ(笑)。でも、津の人はええもんが好きやったん。城下町やったから。伊予町ってあるでしょ。ルーツを手繰れば四国出身の商売人が多いですよ。あと京呉服が津ではとても売れたみたいです。

津とは湊を意味する。
安濃津と呼ばれた江戸時代、伊勢州の安濃津、薩摩州の坊津、筑前州の博多津は日本三大湊と呼ばれ湊町として栄えていた。
しかし明応4年(1498)に起きた明応地震(南海トラフ巨大地震と推定される)によって壊滅的被害を受けた。
福井から京都への鯖街道のように、津からは鰯街道もあったとも近年注目されている。
津は湊町であり城下町だったのだ。
食事を終えて、珈琲をいただいた。

私:すごい!濃いですね。おいしい。

マスター:昔は珈琲といえば、これくらい濃かったん。そういえばcoffee中村を開業するときに、知り合いの先輩から「とにかく珈琲豆や器は、他所より値が高い物を使え」といわれました。いざ開業してみたら、そのおかげで結構お客さんが付いてね。当時の津の人は喫茶店の存在を知っていて、自分の町にできるのを待っていたんでしょうね。

銘店、京都のイノダコーヒー、神戸のにしむら珈琲などと同じく、ネルドリップで淹れる珈琲。
津に縁のある東は東京、西は九州のお客さんからも、焙煎した珈琲を送って欲しいとオーダーがあるという。
いろんなお話を聞きながら珈琲を飲み終え、あ、そういえば・・。

私:ところで、マスターはおいくつなんですか?

マスター:85歳ってことにしといて(笑)

店を出て、あらためて今の津の町について思い返してみた。
昭和レトロが少し前からブームになっている。
本物(当時)の昭和レトロは、津くらいの規模の町に実はけっこう残っている。
そういった視点で普段暮らしている町を眺めると、いい感じの「レトロっぷり」を発見するという、日々の愉しみができる。

そして、本物の昭和レトロを令和やその先の時代にも残し続ければ「明治の息吹を感じる横浜赤レンガ倉庫街」みたいなことにならないかな、などと無責任にも妄想してみた。
さて、あなたが暮らす町の「レトロっぷり」は、どんな感じですか?

昭和レトロよ、永遠なれ!

 


 

中村珈琲
津市西丸之内36-23
tel 059-225-5777

 

 

yusuke.murayama

村山祐介。OTONAMIE代表。OTONA MASTER。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事

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