ホーム 01【食べに行く】 昔からある小さな洋食屋の人間物語。

昔からある小さな洋食屋の人間物語。

じわじわと、また食べたくなるハンバーグがある。
以前、知り合いに志摩市鵜方のレトロな洋食店に連れて行ってもらった。
仕事の合間の昼食にハンバーグを頼んだ。
その時は「おいしいな」くらいにしか思っていなかった。
しかし、日が暮れ始めた仕事の帰り道。
不思議と昼に食べたハンバーグがまた食べたくなっていた。
その味を思い出すというより、自然と浮かんでくるみたいな感覚。

 

不思議なレトロ空間。

志摩に行く機会があったので、まるで馬鹿の一つ覚えのようにハンバーグを食べに向かった。

小さな丘の上にある、グリルエドイチ。

ハンバーグとライス(大盛)を注文。
しばらくレトロなお店の佇まいを眺めていた。

テラスが広く洋風であるが、玄関は簡易な感じ。
道路に面していないので、テレビの音以外は静か。
ありそうでない、不思議な空間。

ライス(大盛)とハンバーグとが到着。

シンプルな見た目のハンバーグは、中からチーズが飛び出したり、ドバーと肉汁が溢れたりもしない。
でも口に運ぶとやさしく、そしてコク深く、後を引く美味しさ。
やっぱり、美味しい。

 

『昔ながらの』は、そう簡単に使えない。

ワタクシゴトで恐縮だが、文章を書いたりデザインをする仕事をしている。
なのでキャッチコピーみたいなのに自然と目が行く。

以前、友人と『昔ながらの』という表現の定義は何か、雑談をしたことがあった。
結論『昔ながらの』は曖昧で、古いものに大体使える言葉となった。
それ以降、私は『昔ながらの』に懐疑的になった。
でも、ここのハンバーグを食べ、『昔ながらの』がピッタリな表現だと感じた。
しかし文章を取り扱う業界の一人として、無責任に『昔ながらの』を使う訳にはいかない。

ということで、このお店の『昔ながらの』について、店主の村岡さんにお話をうかがった。

 

江戸で一番、ならば江戸一。

エドイチは、店主の村岡さんの祖父が四国で創業。
ときは戦前にまで遡る。
煮込み料理が得意だった祖父は、百貨店の洋食店で料理人として勤めていた。
祖母はその洋食店のウェイターだった。
ウェイターになった理由は和服文化が残る時代に、ウェイターのハイカラな洋服のユニフォームが着たかったからだという。
戦争が終わり、祖父と祖母は喫茶店のような小さな店を始めた。

それがエドイチの原型で、創業の際は東京の知り合いにとても世話になった。なので、店名は江戸一にした。
江戸で一番なら日本一だ、という高い志のもとに名付けた江戸一は、祖父の代で多店舗化していった。
村岡さんの父も料理人になるために大阪へ、その後は東京へ修行に出ていた。
東京でヤマハの重役に腕を認められた父は、鳥羽国際ホテル(当時はヤマハが経営)の料理長にスカウトされた。

村岡さん:当時父は「こんな何もないところに本当に人がくるのか」と思っていたそうです。しかし伊勢志摩の豊富な海産物と絶景を知り「これはいける」と思ったらしいです。

村岡さんの父は、エリザベス女王の料理も手がけた、鳥羽国際ホテル初代料理長の村岡諒一氏だ。
女王の料理を作るにあたり、事前に松阪牛の畜産家のもとを訪れ、本番の日に丁度食べ頃の牛を視察するという徹底ぶりだった。
そんな諒一氏の次男として生まれた村岡さんだが、料理人の道には進まなかった。

祖父は60歳くらいのときに四国の江戸一は他の人に任せて、志摩に隠居のようなかたちでエドイチを開業した。
宇治山田駅の前で『江戸一』と同じ漢字表記の店があったので、カタカナでエドイチにした。
そしてエドイチを手伝っていた村岡さんの奥さんの薦めで、村岡さんは料理人になることにした。

村岡さん:父に料理を教えてもらおうと思ったのですが、父は『やっている料理の内容が違う』と、祖父に習うように言われました。

歳を取っても祖父の料理の腕は確かで、やはり志摩でもエドイチは人気になった。
しかし村岡さんが店に入って1年半後、祖父は倒れた。

村岡さん:祖父が料理できなくなって、常連さんの通う回数が少なくなったんです。

村岡さんは必死に研究を重ねた。
祖父のやっていたこと、言っていた言葉の意味を思い出しながら。
一年ほどして、祖父が倒れてから何回か店に通っていた常連客から声を掛けられた。

常連客:だいぶと、おじいさんの味にもどってきたな。昔、おじいさんから「孫と店をすることになったから、自分に何かあったら孫のことをよろしく頼む」と言われとってな。

常連客は、村岡さんの味を確かめに店に通っていたのだ。

 

語りたくなく物語がある。

ハンバーグソースのコクが深いのは、ワインですかと私は訪ねた。

村岡さん:いや、ワインは入っていません。タンシチューなどを煮込むことに出る煮汁を使っています。材料は小麦粉とバターなどを使って一から手作りです。祖父は戦争も経験しているせいか、食材を余すことなく使う料理人でした。

なるほど。私は胸を張っていいたい。
ここのハンバーグは『昔ながらの』味わいだ。

長年続いているお店には、物語がある。
そう、語りたくなる物語がある。

村岡さん:建物は当時流行した、西洋リゾート風コテージのイメージで建てたと聞いています。

志摩というリゾート地に『昔ながらの』洋食店がある。
その名を、エドイチという。

 


 

グリル エドイチ
三重県志摩市阿児町鵜方1089
tel 0599-43-1319

 

 

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