ホーム 01【食べに行く】 リアス海岸の岬を歩く!苔と石畳みと漁村。

リアス海岸の岬を歩く!苔と石畳みと漁村。

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私は紀北町の宿にいた。

集まったのはカメラマン、デザイナー、WEBプランナー、ライターなどクリエイティブを生業にする人たち。感度が高い人たちだ。

運ばれてきたのは、ヤガラ(赤ヤガラ)。
感度ビンビンの皆さんは、即座に反応。
面白いカタチだなーと眺めていた。
津市で育ち、暮らしている私にとって実はヤガラは馴染みある魚だ。
小さいときから、聞かされているヤガラにまつわる話がある。

むかしむかし、津市の阿漕(あこぎ)というところに平治(へいじ)という母親想いの漁師がいた。
母親は病気になってしまい、日に日に弱っていった。
平治は母を想いながら浜を歩いていると、知り合いのおじさんがいた。
母の具合をおじさんに相談すると、栄養価が高いヤガラが病気を治すと聞いた。
しかし、当時この近くでヤガラは阿漕浦にしかいないとされ、阿漕浦は伊勢神宮に捧げる魚を捕る漁場だったために一般の漁師は立入厳禁であった。

「おかやん、待っとってくれや・・」
悩んだ末に母親想いの平治は、夜な夜な禁漁区だった阿漕浦に入りヤガラを捕った。
そして母に食べさせると、日毎に体が良くなっていった。
嬉しくなった平治はヤガラの密漁を続けた。
ある晩、密漁をしていると役人の船が近づいてくるのがわかった。
慌てて逃げ出した平治は被っていた傘を忘れてきてしまった。
平治と名前の書かれた傘が証拠となり、平治は捕らえられた。
そしてムシロに巻かれて海へと沈められてしまった(完)。

「兄さん!そんなアコギな〜」と、いうときの「アコギ」はこのお話に出てきた「阿漕」が語源。ニュアンス的には「そんな殺生な〜」に近いだろうか。

つまりは、義理人情に欠いてはいけないというお話。
津市では、お菓子の老舗平治煎餅がその話を今に伝えている。

と、昔話はこれくらいにして・・。
ヤガラは割烹で椀物にも使われる高級魚だ。
今回刺身などでいただいたが、透き通る身からは上品な旨味と脂の甘味も良く美味しかった。

翌朝、宿から歩いて数分のところにある古里海水浴場まで散歩。
ポコポコと島が海に浮かび、奥には紀伊半島の美しい山並み。
今日の予定は漁村に興味を持つクリエイターと、観光名所巡りではなく紀伊半島のリアス海岸に面した岬の中を散策することだった。

JRの駅がある尾鷲市の漁村、九鬼へと向かった。

九鬼に到着。

漁港のすぐ横にある、九木神社を参拝。

不思議な形の石碑や、原始的な白蛇神を祀る場所があった。
漁師が白蛇神の夢を見ると、翌日はブリが大漁との言い伝えがあるらしい。

そこから岬を歩いた。

12月初旬だったが紅葉、そして木々の間からは海を望む。

熊野古道のような雰囲気の道には、美しい苔。

岬の先端に付くと灯台と岬神社があった。

帰路は九鬼の街並みを一望できるルートで。

漁村独特の街並みを眺めながら。

その昔、陸路ではなく海路が発達していた時代、大量の魚が水揚げされる漁村は今でいう繁華街であった。

その名残が残る情緒ある街並み。

石畳みが続く道からは、当時の繁栄を垣間見ることができる。

ここに暮らす人には何気ない景色なのかも知れない。
しかし、私には魅力的に映った。
そして私たちが日常で眺めている何気ない景色も、視点を変えると魅力が見えてくるのではないだろうか。

九鬼を後にして思った。
歴史ある観光地に行くのも愉しい。
でも、観光地になっていない歴史ある場所に行くのも愉しい。
どちらも非日常だけど、その地の暮らしの香りがする、そんな後者に私は惹かれる。

そして、ここで食堂や古本屋を開業する若者がいたり、都会の大学生が第2の故郷のように遊びにきている。

地方創生という時代の風に煽られ、地域は何かしなければいけない感がある。
でもここは、煽られていない雰囲気。
なんだかそんな堂々とした感じが心地よく、そして最先端な気がした。

 


 

yusuke.murayama

村山祐介。OTONAMIE代表。OTONA MASTER。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事

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