広い和室に、ちょこんと円卓。
真ん中には菊炭。
茶席でも使われる菊炭は、火付きが良くパチパチと跳ねにくい。
しかし燃える炭を眺めていると、こころが落ち着くのはなぜだろう。
私はこの部屋に入るまで、実は少し緊張していた。
ここは松阪市で松阪肉元祖を謳う老舗だ。
となりの津市で育った私でも、小さいときからその名を知っていた。
小学校の同級生にお金持ちのお坊ちゃんがいて、よくこの店の話をしていた。
この店の松阪牛のすき焼きや大寿司のトロは、ひとつ数千円もすると。
当時、オトナになったら食べてみたいと思った。
いや、思ったというか、思い続けて私は39歳3ヶ月になった。
はじめまして、和田金。
今回はプライベート・・、ではないが別の撮影仕事で和田金にくることができた。
撮影だけでなく、実食もある。
生きていれば良いこともあるものだ。
和田金といえば、すき焼き、あみ焼き、ステーキなどがあるがすき焼きが代表的。
和田金では、寿き焼と書く。
すき焼きといえば、ジューと音を立てグツグツと煮るイメージを持っていたが、ここでは違った。
炭火でほどよく熱した鉄鍋に、肉を静かに置く。
ジューと音はさせない。
なぜだろう?
仲居さん:熱い鉄鍋に牛肉を置くと、肉が固くなるといわれています。
ちなみに仲居さんが調理から取り分けてまで全て行うので、客は鍋に箸をつけることがない。
なんともニッポンらしいおもてなし。
同級生のお坊ちゃんは小学生のときに、こんな至れり尽くせりのサービスを受けていたのか・・。
調味料は砂糖、たまり、ほんの少しの昆布だしと、とてもシンプル。
松阪肉の旨みが引き出され、徐々に焼けていく。
シズル感たっぷりの幸せな時間。
仲居さんが頃合いをみて取り分けてくれた。
では、いただきます。
モー!
失礼、牛だけに・・ではない。
モーレツに美味しい。
他の和牛とくらべ、脂の融点が低い松阪牛のとろけるような食感と香ばしい香り。
私は言葉を発する前に、自然と笑顔になっていた。
続いて松阪牛の旨みが詰まった鍋に、厳選された野菜が入れられていく。
水は入れず、野菜の水分だけで調理。
こちらも絶品。
ところで和田金という屋号になった理由をスタッフさんに訪ねた。
創業明治11年の和田金の初代店主は、松田金兵衛さん。
金兵衛さんは東京の料亭、和田平などで料理の修業を積み松阪に帰省。
松阪で牛肉店を開業し、その後すきやきの店を開業し、寿き焼のスタイルを確立。
昭和39年には自社牧場を設立。
肉はすべて自社牧場の松阪牛を使用。
そんな松阪牛のパイオニア的な和田金は、創業より1店舗主義を貫く。
地元に根ざす老舗。
変わらないことの大切さ。
そんな事を考えながら食事を終えるころ、カメラマンからこんな質問が。
カメラマン:ところで、すき焼きで使ったたまごで、たまごかけご飯はできますか?
まさかの・・。
和田金でたまごかけご飯。
怒られたらどうしよう。
仲居さん:はい、ご準備いたします。たまにそういったお客様もおられますよ。
えっ、本当ですか・・。
松阪では常識なのでしょうか。
仲居さん:お連れさまは、どうなさいますか?
私:いや、結構です・・。あ、やっぱりください。
なんだろう。
バリバリの老舗なのに、この柔軟さ。
素敵だ。
運ばれてきたご飯に、すき焼きで使ったたまごと、残しておいた漬物を添えて。
お味は、ほんのり甘めで少しだけ香ばしく牛肉が香る味。
すき焼き味のリッチなたまごかけご飯でした。
ニッポン人で、よかったー!
松阪肉元祖 和田金
松阪市中町1878
tel 0598-21-1188
hp http://e-wadakin.co.jp
村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事