と、以前の記事でご紹介しました。
1980年代にラッコブームに火をつけた鳥羽水族館。
今、日本に10頭しかいないラッコのうち2頭が暮らしています。
鳥羽水族館で暮らすのは、雌のメイと雄のロイズ。
たくさんの人が、かわいさに魅せられます。
でも、かわいいだけじゃないんです。
彼らの仕草について、水族館の人にお話を聞くと、その裏には「ラッコのすごさ」を知る数々のエピソードが隠れていました。
また、彼らを通して、飼育員さんの想いに触れられる話も。
知るほどに面白くなるラッコの世界を、少し深めに覗かせてもらいました。
お話いただいたのは、鳥羽水族館の飼育研究部 次長の石原良浩さん。
35年前、鳥羽水族館にラッコがやって来た日から、飼育に関わってきた方です。鳥羽だけでなく日本全国のラッコ事情を知る石原さんに、ラッコの奥深さを教えていただきました。
<イカミミジャンプ>
ラッコのご飯の時間。
せっせと魚介を食べるラッコたち。
大きなガラス越しにたくさんの人が微笑ましく見守っています。
エサやり中盤、飼育員さんがイカをガラスに向けてヒュッ!と投げました。
イカは大人の背丈より高い位置にピタリ。
すると、イカを目がけて泳いできたメイが水中へと潜り、
勢いよく大ジャンプ!!
水しぶきとともに飛び上がる姿に歓声が沸きます。
前脚で華麗にイカをキャッチするメイ。
お見事!ブラボー!
これがラッコの「イカミミジャンプ」。
一回で成功しないこともあり、何回も挑む姿には「がんばれ!」とエールを送らずにいられないでしょう。
鳥羽水族館でぜひ見ていただきたいシーンです。
イカミミジャンプの他にも、ご飯タイムにはラッコのいろいろな顔が見られます。
前脚で上手にエサを食べる姿。お行儀よく前脚を出してエサをもらう姿。食べ終わった貝をバケツに戻す姿。前脚で巧みになんでもできるのにビックリするでしょう。
はたまた、飼育員さんのサインで、バンザイしたり、拝んだり、拍手したり、クルクル回ったり。
プカプカ浮かぶ印象が強いですが、陸に上がって後脚で直立もできるんですよ。ロイズはピシッと立った状態で、「ぼくロイズよろしくね!」と書かれた旗を掲げて見せてくれます。
「そんなこともできるの!?」と驚くこと間違いなし。
とっても頭が良くて器用なんです。
<ラッコが生まれ持った力を守るために>
「頭の良い動物だから育てるのも面白い」と石原さんは言います。
「そもそも“保険のない動物”なんです。野生のラッコは、マイナス何十度の冷たい海で暮らしています。なのに、アザラシやトドのように寒さを防ぐ皮下脂肪もない。泳ぐ力も高くない。たくさんエサを獲って、毛づくろいで体を乾かして、厳しい環境で生きています。どちらも前脚が欠かせません。肉球に少しでも怪我したら生死に関わるんです。適応力と賢さで種を存続してきた、すごく努力家な動物だと思いますね」
たしかに、寒い海で暮らすには小さな体。
まさに自らの手で、厳しい環境を生き抜く術を身につけてきたんですね。
そんな動物だからこそ、水族館でも能力を衰えさせないのが大切だと言います。
「例えば、イカをジャンプして取るのに、まず両目で距離を測ります。高さによって水中の助走距離を決める。勢いよく後脚で水面を蹴り、前脚で掴む。両目に頭、様々な筋肉を使わないとできません。
エサをやりながら、いくつもの力を使わせるんです。水族館は環境も良いし、天敵もいない。ただエサを食べるだけでは、ラッコ本来の力が落ちていきます。どう彼らの能力を保つかが知恵の絞りどころです。できることの多い動物ですから、工夫もいろいろできますよ」
さらに、こうしたラッコと飼育員さんとのコミュニケーションは、健康管理にもつながっている。
「エサをやりながら健康チェックもします。エサを目の前でスッとずらしてみる。ついてくれば目がちゃんと見えていると分かります。握手したり、タッチするのも、怪我がないか、体温は正常かを確認するため。もしいつも通りできなければどこか悪いのかもしれません。変化に気を配って、状態を把握しています。
ラッコはとてもデリケートな動物です。ストレスを感じて調子を崩すこともあります。興奮して高体温になると命の危険もある。毛皮の密度が高いので、採血やエコー検査も他の動物より難しいんです。だから、毎日の健康管理はなるべくストレスを少なくしてやりたい。ひとつひとつのやりとりが、ラッコが健康に過ごすのに必要なものです。その仕草がとてもかわいいんだから、まさに一石二鳥、三鳥ですね(笑)」
<頭も要領もいいメイ、マイペースで律儀なロイズ>
多彩な顔を見せてくれるメイとロイズですが、それぞれ性格が違うんだとか。
(ちなみに、見た目もはっきりと違う2頭。メイは薄いグレー、ロイズは黒い毛並みです)
「メイはちゃかちゃかとよく動きますね。覚えるのも早くて、とても賢いですよ。要領がいいのか、教えたことを変えて、手を抜いている時もあります(笑)
ロイズは、マイペースでなにかあっても動じませんね。とても律儀なやつで、覚えたことはきちっとその通りにやり続けます。
彼らとのやりとりで、私たちにも発見があります。例えば、急にサインを変えたりしても、「こういうことやろ?」と彼らなりに反応を返してくれる。楽しいもんです」
石原さんは、微笑みながらこうお話しくださいました。
さて、あなたは鳥羽水族館でメイとロイズのどんな姿に出会えるでしょう。
みんなが魅了されるラッコたちの仕草。
「どうしてそんなことができるの?」と野生で暮らす姿を想像してみると、かわいさとは別の一面が見えてくるかもしれません。そして、彼らのスゴさを守る、水族館の人のアイデアと思いやりにも気付くはずです。
愛知県あま市出身。日頃は、コピーライターとまちづくりと講師の三足のわらじで活動。ライフワークはラッコの魅力発信。鳥羽水族館LOVE。得意ジャンル:まちづくり、はたらく、学ぶ、ラッコ