今年は例年より桜の開花が早かった。
その日は強い風がたびたび吹き、たくさんの桜の花びらが舞い散っていた。そのうちの何枚かが、ひらりと手元に落ちてきた。
「きれいねぇ」と目をほそめて桜の花びらを見つめている、そんな光景がなんだかいとおしかった。
1.同郷がつないだ縁
3月末日、私はある撮影会でヘアメイクを担当するため、大阪・西成区を訪れた。
その撮影会は西成区にあるシリウスケアサービスという事業所で、ケアマネージャーとして高齢者の支援に携わる辻井さんの切なる想いから始まった。
シリウスケアサービスの利用者の主な居住地域である西成区・浪速区は、日本の中でも単身高齢者の割合が非常に高い。そのため身寄りのない単身高齢者は、遺影のないまま葬儀が執り行われることもある。
そこでシリウスケアサービスでは、ヘルパーの方がスマホで撮影した写真や、利用者が参加したイベントでの写真を遺影に使ってもらうようにしている。しかし、辻井さんの胸には「遺影にはもっときちんとした写真を使ってあげたい」という思いがあった。
「事業所の取り組みとして、亡くなったらそこで終わりではなく、お葬式に参列して最後までお見送りします。お坊さんがお経をあげてくれるんですが、参列者は事業所のスタッフのみということも。しかも遺影として使うちゃんとした写真がない。これが単身高齢者の抱える課題なんだと感じました。」
そんな現状をなんとかしたいと感じていた辻井さん。その想いを形にする出会いがOTONAMIE×OSAKAの交流会の中にあった。フォトグラファーの中西さんとの出会いだ。
中西さんは学校法人の職員とフリーランスフォトグラファーのパラレルワーカー。辻井さんの思いを聞いて、自分のノウハウが役に立てるのではないかと思った。
同郷だからという安心感もあり、中西さんは撮影の依頼を二つ返事で快諾した。
同郷がつないだ縁で、お互いの「やりたいこと」がつながった瞬間だった。
早速行った初めての撮影会。モデルとなった女性は撮影のために美容院へ行き、近頃ご無沙汰だったメイクをばっちりきめて撮影に挑んだ。
年配の方を撮る機会はめったになかったという中西さん。
「いきなりカメラを構えると照れくさそうにされるんで、『僕たち同郷なんですよ!』なんて他愛もない話をして、なんとなく気を許してもらうことから始めたんですよね。そうしたらだんだんと身の上話とか話して下さるようになって。」
距離が縮まったところで、撮影がスタート。中西さんの心配りが通じたのか、最初は乗り気じゃなかった人も撮影が進むたびに表情がほころび、ポーズを決めてくれるように。
初めての撮影会は大成功だった。
2.役割をもつこと、それは自分の存在価値を認めること
そして迎えた二回目の撮影会。一人目の女性は桜の木の下での撮影だった。
初めは緊張した面持ちだったが、久しぶりのメイクをおえた時に「キレイになりましたね」と声をかけると手鏡を覗き込み、恥ずかしそうにはにかんだ笑顔をみせてくれた。
この撮影が久々の外出だったそうで、すっかり春めいた外の景色に次第に柔らかな表情に。最初はポツリポツリとお話しする程度だったが、撮影を終えて部屋についた頃には地域の方々と行ったサーカスのこと、昔は日本舞踊をされていたことなど色々と話をしてくれた。
二組目はご夫婦お二人での撮影。
とにかく饒舌でおもしろい奥さまと、「この人よくしゃべるでしょ」と笑って見守る旦那さん。撮影中は奥様が話す想い出話で大盛り上がり。
事実は小説より奇なりというが、ご夫婦の生きてきた歩みに私たちは驚かされっぱなしだった。
紆余曲折、過去の様々な経験を乗り越えて共に生きる二人は本当に逞しい。肩をぐっと引き寄せてポーズをとっているお二人を見て、胸の奥に熱いものを感じた。
「単身高齢者の中には孫がいなかったり、いてもなかなか会う機会がないとおじいちゃんやおばあちゃんという役割を感じられない。ましてや一人きりだったら、旦那さんとか、お母さんという役割もない。モデルという役割を持つことで、自分の存在価値を感じて頂けたら。」と辻井さん。
髪を整え、メイクをして、カメラの前に立つ。モデルとしてその時を過ごすことで、日常では味わうことのない緊張感に身を置き、高揚感を味わってもらう。
ただの思い出づくりじゃない、明日への生きる楽しみに繋がるようにと辻井さんは願っているのではないだろうか。
3.これから始める新しい未来のつくり方
私は初め、モデルになった方々に対して、何か助けになることをしたいと思っていた。「助けが必要な人たち」だと勝手に思い込んでいたからだろう。
けれど、一緒に時間を過ごすうちに、人生経験豊かな先輩たちからたくさんの学びと喜びをもらうことができた。
単身高齢者、とか西成区、とかそういう括りで人を見ていては何も知ることはできない。
「単身高齢者は世間から寂しいとか、一人で大変やとか、ネガティブなイメージを持たれがちです。でも戯けてピースしたり、楽しそうに写真に写る姿を見て、ネガティブなイメージだけじゃなく、一人でもこんな楽しく過ごせているんだよっていうことを世間に発信したいんです。」と辻井さんの想いに、中西さんもうなづく。
「撮りためた写真で個展をやって、それでモデルになったおじいちゃん、おばあちゃんが見に行こうって気持ちになって、さらにその個展に足を運んでくれた人とモデルさんたちとの交流ができたりするとすごく楽しくなる。自分のやりたいことプラス、社会的に意義のあることができてるっていう僕らの活動を見て、真似してみたいなと思う人が全国に増えたらもっと嬉しいですね。」
時には重荷に感じる社会での役割は、実は人と人とのつながりを表し、生きる印となるのかもしれない。新たに役割を得て、いきいきとした表情をうかべるモデルがうつる写真たちがそれを物語っているからだ。
OTONAMIE×OSAKA記者。三重県津市(山の方)出身のフリーライター。18歳で三重を飛び出し、名古屋で12年美容師として働く。さらに新しい可能性を探して関西へ移住。現在は京都暮らし。様々な土地に住んだことで、昔は当たり前に感じていた三重の美しい自然豊かな景色をいとおしく感じるように。今の私にとってかけがえのない癒し。