住んでいる町のことをかなり気に入っている。
18歳で実家を出てからというもの、引っ越しの多い暮らしだったけれど、たぶん今住んでいる場所が、いちばん好きだ。
野山に囲まれていて、自然が多く、それなのに町からもあまり離れていなくて便利でもある。
子どもたちが通っている小学校も大変健やかな校風で、のびのびと過ごしていると思う。
いいところに越してきたな、と住み始めたときからずっと思っているのだけど、今年に入って、ますます、この町が好きになっている。もう、全力で推していきたい気持ち。
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今年は、地区の婦人会の会長をしていて、自治会と密接に過ごしている。
年度初めに「えらいことになった」と頭を抱えたのだが、ふたを開けてみれば、仕事の不出来はいったん置いておいて、とても楽しい。
浴衣を着て盆踊りを踊るのもうんと愉快だったし、秋祭りのステージで地域の名前を冠した踊りを踊るのも趣深かった。秋祭りには玉城町からやってきたという歌謡スターの女性が真っ赤なドレスを着て登壇しており、小さな舞台が華々しく煌めくさまもとてもよかった。
今月は防災訓練で炊き出しのお手伝いをするらしい。アルファ米でおにぎりを作って、大きなお鍋で豚汁を炊くのだという。楽しそう。
大人になってからそのようなイベント目白押しな日々を送られるとは思ってもいなかった。まるで、小学生に戻ったみたいにつぎつぎにやっていくる行事の準備をしたり、当日を迎えたりするのはけっこう刺激的だ。
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行事ごとがあるたびに、自治会の方々や、婦人会の方々とあれこれとやり取りを重ねるている。
彼らのほとんどが、私の親か、それ以上の年齢であり、私たち夫婦はこの地域においては完全に小僧と小娘で、畑も、トラクターも、軽トラも、墓も持たない我々は、ほんとうにちっぽけな子どもでしかない。
はっきり言って、私は今年で40歳だし、夫なんて44歳だし、一歩社会に出たらきちんとした大人で成人で社会人で、お兄さんでお姉さんなのだけど、この町では小童としてへらへらしていられる。
「若い人がこうして頑張ってくれたら、嬉しいねぇ」
などと、たいして若くもない私たちを若い若いと言って、みかんやさつまいもを下さるので、こたつに入ってテレビを観ているだけで「いい子だねぇ」とおばあちゃんに背中を撫でられていた、小学生のときの気持ちで図々しく暮らしている。
私は自分の社会性にとんと自信がないので、小さな失敗をするたびにくよくよするし、というか、たいていは失敗をする前から自責におぼれて「こんな私はうっかり大きな過ちを犯して、間もなく社会から見放される」と思いながらくよくよしている。不注意でうっかり大犯罪に手を染めてしまう夢をよくみる。
だから、生きているだけで、庭先にさつまいもが置かれていたり、朝っぱらから自治会長さんが突然「柿食べるか?」と言って、柿をいっぱい持ってきてくれたりすると、妙に安心してしまう。
つい自堕落な夜更かしをしてしまった自分のことも許せる気がする。私は、立派なさつまいもと甘い柿にふさわしい女かもしれない。生きているだけで褒められた、あの小学生のまま、変わらず尊いのかもしれない、と都合よく解釈して心に安寧を取り戻している。
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また同時に、私たちよりずいぶん先を生きている町の皆さんを見ていると、ときおり、自分の老後みたいなものを考えたりもする。
ここ数年、年齢を重ねた分だけ、そうか私も老いていくんだな、と思うことが増えた。疲れやすくもなったし、白髪も増えてきた。久しぶりに視力を測定したら近視がすこしゆるんでいた。
「それはつまり、老眼が忍び寄って……」
と言いかけると、検査をしてくれた眼鏡屋のお姉さんが
「鋭いですね」
と言って、にやりと笑った。
新陳代謝の行く先が「成長」である子どもたちとちがって、私の新陳代謝の行く先はもう、「老い」なんだなぁ、とぼんやりと思うことがある。
元気がいいときは、「ですよねえ」、で済むのだが、調子が悪いと「私はもう枯れゆく花……」と薄くさみしい気持ちになったりもする。
「腰が痛くてもう」
「あんたなんかまだええわさ。私なんて腕がもう上がらへんのさ」
秋祭りの踊りの練習に参加した時、休憩の合間にアイスやみかんに手を伸ばしてご婦人たちが言い合っていた。
どこの医者がいいとか、あそこは駄目だとか、そんなことを言いながら膝や腰をさすってはみかんを口に放り込んでいた。そして、曲が始まるとしゃんと立ち上がって、キリキリと踊るのだからちっとも信用ならない。
踊るご婦人らの背中を眺めながら、自分の20年先を思う。
10年をあと2回重ねても、こうして元気に踊ってげらげら笑えるなら、悪くないなと思うのだ。
ご婦人たちにも、かかとがカサつき始めた冬や、白髪を見つけた日があって、今もこうして、元気に踊っているのだと思うと、ああ、大丈夫だ、と心がすこし強くなる。私の20年後もこんなふうならいい。
私の老後の目標は自治会のご婦人たちだ。
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子どもが多い町はいい、とは聞くけれど、こんなふうに、先を行く人たちが元気な町ってとてもいいなと思う。
いつだって心配ばかりしているから、老後の心配なんて当然しているし、なんなら「2000万円貯められないからもうだめだ」と思ったりもするけれど、もしかしたら、20年後はまだ元気に浴衣を着て踊ったり、さつまいもを配ったりしているかもしれない、と思えることがうれしい。
今まで住んでいた町では得られなかったことだ。
それにしても、この町は便利な場所にあるにもかかわらずちっとも開発が進まないし、土地が売られる気配もない。空き地や空き家が増えるばかりなのが気がかりだ。
地区のおじいさんは
「そのうちハネさんちで全部買い上げてもらってやな。がはは」
と笑っていたけれど、ほんとうにどうにかできないものだろうか。
とってもよい町なのでこの先もずっと細く長く人が住んでいてほしいのだけど、こういうのはいったいどこへどうしたらいいんだろう。
とりあえず宅建でもとったらなにかしらの活路が見いだせるだろうか。
詳しい人、教えてください。お礼に町を案内しますので。
8歳、6歳、4歳の3児の母です。ライターをしています。