ホーム 00DayTrip 「年の始めのでかい風呂」連載エッセイ【ハロー三重県】第33回

「年の始めのでかい風呂」連載エッセイ【ハロー三重県】第33回

とにかく寒い。今年の冬は信じられないくらい寒い。
私が恋した南国三重県はこんなに厳しい顔をするはずではなかったのに。こんなのどこかの北国のようではないか。

私は何度でもいうけれど、寒いのがほんとうにほんとうに嫌いなのだ。
なのに運動をするセンスもないし、やる気もないから体を温める術と言ったらストーブを焚くかお風呂に入るくらい。
我が家は夫もしこたま寒さに弱いので、これはもうだめだという日には阿吽の呼吸で温泉へ行く。温泉へ行けば私たちは報われる。寒さに耐えるストレスも、しんと冷えたつま先も、低気圧でやさぐれた心も、すべて温泉が解決するのだ。

*

温泉はいい。
でかいお風呂に浸かっているという事実がとてもいい。ものすごくいい。
温泉に浸かるときはその全能感をしみじみ味わう。
「私は大きな湯に入っている」と当たり前みたいなことを思うことで心が潤う。温泉に浸かるときはぜひやってみてほしい。
家の風呂の何倍も大きくて、しかもこの湯には効能がある。こんなに贅沢なことがあるだろうか。
何トンもある湯の中に体を沈める贅沢。浴びるようにビールを飲む、という比喩があるけれど、あれはあくまで比喩。温泉に行けばほんとうにたんと贅沢に湯を浴びることができるのだ。
潤沢すぎるお湯を、枯れる心配もせずじゃぶじゃぶと浴びることができる。
ほら、すごく満ち足りた気持ちになりませんか。

大人なので潜ったり泳いだりそんなおふざけはしないけれど、その湯量には常識さえ取っ払えばそんなこともたやすくできるほどのポテンシャルがあるのだ。なんて豊かなんだろう。

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私は長らく猪倉温泉とさるびの温泉を推していたんだけど、この度新たにいい温泉に巡り合ったのでその話を。
その温泉の話をする前にまずは、猪倉温泉とさるびの温泉の素晴らしい点について書かせていただきたい。
猪倉温泉はまずその泉質が大変よい。
つま先が冷えて眠れないと思う人はぜひ一度騙されたと思って行ってほしい。すべての冷えを手放せる。
その日ばかりは気絶したように、夢も見ず眠ることができるので、冬にほとほと疲れてもうだめだ、というときはいよいよ猪倉温泉の出番となる。
猪倉温泉は冬の救世主。
ぜひ夜に行って、帰宅したらそのままお布団へ直行してほしい。翌日は小学生に戻ったみたいな元気な朝が待っている。

さるびの温泉は外湯が非常に広くて気持ちがいい。
広い岩風呂とその解放感が露天風呂のいいところ全部寄せの味わいがあって素晴らしい。温泉の楽しみの半分くらいは露天風呂だと思っているので、露天風呂が猫の額ほどだと、申し訳ないことだけれどちょぴりがっかりしてしまう。
顔がきんと冷えながら体が温もっていくあの感覚が私たちには必要なのだ。
それはつまり、ホットアップルパイにバニラアイスが乗っていないとお話にならないということとまったく同じ。
さるびの温泉の露天風呂にはコップが置かれてあって、飲用の温泉がちょとちょろと出ているのもいい。
ちょこっとお味見して、ああこんな味の湯にはいっているんだなぁ、と思う楽しいお遊び。

そして、外湯から階段を上った先には源泉かけ流しの湯舟がある。なんという贅沢感。もてなされ甘やかされている気持ちに浸ることができる。
こんなに大切にしていただいてすいません、なにぶん皇族なもので、くらいの誇らしい気持ちで湯に入る。
私は源泉かけ流しにふさわしい女。

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さて、いよいよ最近心を掴まれた温泉について書く。
あれは今年の1月3日だったか。
榊原温泉にある湯本榊原舘の日帰り温泉「湯の庄」へ行った。その日もやはりとても寒くて、そしてお正月で、寒さと退屈を持て余した私たちは温泉へ行くことしか考えられなくなっていた。
我が家は子どもたちも温泉が大好きなので、温泉へ行くと言えばみんな流れるように支度をしてくれる。
子どもたちといそいそ支度をしながら行くべき温泉を考える。
お正月と言うこともあって、営業していないところもあるだろうし、なんと言ってもお正月だからほんの少し刺激がほしい。普段行ったことがないところへ行きたい気分。
あれこれ夫とスマホを片手に協議を重ね、何件か問い合わせをしたところ、諸々の条件が整った「湯の庄」がよいのでは、ということになった。

そこそこ近場でありながら初めての訪問だった。
湯の庄の近くには公衆の温泉浴場があって、榊原方面へ行くときはよくそちらのお世話になっていた。

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湯の庄の前には人が続々と集まっていた。
お正月で営業を短縮していた関係で、ドアの前に待つ人がたくさんあった。
榊原温泉のあるあたりはほんとうに静かで自然の多いところだから、その人の多さに驚いてしまう。千と千尋の神隠しでぞくぞくと油屋に神様が集まるあの光景のようだった。
上着や手荷物を入口のコインロッカーへ預けていざお風呂場へ。

階段を降りると脱衣場の前に立派なお社があった。
きっと温泉の神様で、榊原温泉が枯れることなく今日も湧いているのはこの神様のおかげなのだろう。

日々温泉の恩恵を受けて暮らしている身なので、子どもたちと手を合わせた。神様にこんなことを言ったらバチがあたるかもしれないのだけど、これはいよいよいい湯に違いないと期待が高まってしまう。だって温泉の神様の元で入るお湯だ。もう、疑う余地もない。

少々コンパクトな脱衣場では交通整理のようにてきぱきと案内をしてくれるおばあちゃんがいらっしゃって、混雑していたにもかかわらずスムーズに脱衣籠を手に入れることができた。
おばあちゃんは脱衣場を仕切るベテランのらしく、温泉へ来た女たちを右へ左へ動かしていて格好良かった。

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さて、肝心の温泉の話。
私はただの温泉好きなので、ナトリウムがとかアルカリ性の云々とか、そういうことはちっともわからないので、大味な感想しか述べることができないのでそのつもりで今から書くことを読んでほしい。

湯の庄はお湯が多かった。
湯舟がものすごく大きくて、お湯がものすごくたくさんあった。
温泉なんだから、と呆れられそうだけど、ほんとうに湯が多かったのだ。
私はそのことにえらく高揚してしまって、帰宅してからも夫にもずっと「お湯が多かったよね。お風呂大きかったよね」と言い続けたのだけど、夫は「言われてみれば」と歯切れの悪いことを言っていた。感受性に乏しいことこの上ない。
とは言え、夫も「とてもいいお湯だった。また行きたい」と言っていたので、やはり湯の庄はいい温泉に違いない。

お湯がほんとうに多くて、湯舟が大きくて、とても豊かな気持ちになるお風呂だった。

また、湯の庄にも、さるびの温泉に同じく、源泉の湯舟があった。
冬に入るには少々温度が低いにもかかわらず、ひしめくように人が集まっていて、手のひらに少し湯を取って頬に乗せる人がたくさんいた。
私も子どもたちもそれに倣ってお湯を手に取って顔を濡らした。
榊原温泉は「美人の湯」と呼ばれるらしく、お肌に効果があるのだという。
「美人になれるかなぁ」と言い合うおばあちゃんとお孫さんがあって、その横で私たちも「美人になれるかなぁ」と言いながらお湯を手に乗せては顔を濡らした。

寒くなったら私はまた、でかい湯に入って、子どもたちはぬるい源泉の湯舟に入ってのんびり過ごした。いいお湯だった。
湯舟はでかいほどいい。

芯まで温まって、脱衣場へ戻るとまたおばあちゃんが新しい客をてきぱき動かしていた。

今年の温泉はじめは湯の庄の大きなお風呂だった。
そろそろまた温泉に行きたいと思っている。
これは、という温泉があればぜひ教えてください。

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