ホーム 01【食べに行く】 「おいしいうなぎを食べた夜 / 炭火うなぎ おがわ」 連載エッセイ【ハロー三重県】第26回

「おいしいうなぎを食べた夜 / 炭火うなぎ おがわ」 連載エッセイ【ハロー三重県】第26回

三重県で暮らすようになったころ、ジャスコがあまりにも多くて驚いた。あっちにも、こっちにもジャスコ。少し走ればまたジャスコ。三重県のジャスコはそれぞれ愛称のようなネーミングがついてるのも面白かった。マアムとか、サンバレーとか。

そして、ジャスコと同じくらい多いね?と思ったのがうなぎ屋さんだった。最初に住んだアパートは言葉通り右も左もうなぎ屋さんだったのだ。
ジャスコってそんなに行く?と思った同じ温度でうなぎってそんなに食べる?と思った。

津市が、市民ひとり当たりのうなぎ消費量全国一位に輝いたと知るのはその随分あと。
その頃には私はしょっちゅうジャスコへ行くようになっていた。
そうか、私が知らなかっただけで、この町の人たちはうなぎをよく食べるんだ。と遅れた実感がやってきた。

*

先日のこと。ちょっとした機会を頂いて、うなぎを食べに行った。
一身田のシャトレーゼのお隣にある「炭火うなぎ おがわ」というお店。
(津市が全国でうなぎの消費量一位に輝いたのはなんでかしら、という件に関しても「炭火うなぎ おがわ」さんのHPで読めます)

久しぶりのうなぎに心が躍る。だってうなぎってご馳走だもの。
ここのところ疲れていたし、なんかひと足早い梅雨で低気圧が暮らしの邪魔をするし、とそれらしい言い訳をつい自分にあてがってしまう。根が貧乏性なので、贅沢をする前にはなにかしらの言い訳がほしくなるみたい。

炭火うなぎ おがわ席について、メニューを見るとあった。ほら、ひつまぶし。
いつか、初めてひつまぶしをテレビで観た日から私はひつまぶしに憧れている。おしゃもじで掬ってお茶碗に入れるという動作も、トッピングをして味を変えられるというところも、最後はお茶漬けにして楽しむというところも、すべてがエンターテイメント的だ。
なのだけど、いつだったか旅先の駅で頂いたひつまぶしはまずくもない代わりに、特別おいしいとも思えず、「あぁ、ね」という感想に終わってしまったのだった。そして大変申し訳ない話だけれど、おひつにみっちり詰まったうなぎご飯を食べきることができなかった。ほんとうに申し訳ないことだった。

けれど、ひつまぶしへの憧れは消えない。だってどう考えたって、ひつまぶしは楽しくておいしそうだ。
やっぱりおしゃもじでお茶碗にうなぎご飯をよそいたいし、お茶漬けも食べたい。
というわけで、迷わずひつまぶしを選んだ。
過去の失敗を生かして、普通盛りをチョイス。そして、こどもたちにもひつまぶし(普通)をひとつ。上のふたりで半分こして、末っ子はまだ小さいので私のを取り分けとさせていただいた。
夫は、うなぎ定食(数量限定)というデラックスなものを。彼は大食漢なのでたいていのごはん屋さんで、いちばんデラックスなものを選ぶ癖がある。

デラックスなうなぎ
夫が選んだデラックス。うなぎの乗ったお蕎麦(中央)をひとくちも分けてくれなかった

足りなければまた注文すればいいよね、と言い合って、お席でしばし歓談。
お座敷に通していただいたのだけれど、うろうろと落ち着かない長男。あーだこーだとごちゃごちゃしているうちにお茶をこぼしてしまった。なんてことだ。

空腹のお母さんは気が立っている。もう!とツンツン怒ってしまって息子は小さく俯いた。お店のお兄さんが笑顔で台ふきを差し出してくださって、となりのお席に移動させていただいて、一見落着したんだけれど、それでもなんだか空気が重い。
こんなはずじゃなかったのに、空腹ってのは面倒だ。寛容なお母さんでいたいのに、この野郎、狭い心が憎い。お通夜みたいなムードの中、うなぎが運ばれてきた。
私の前に、どんとひつまぶしのお盆。ちゃんとしゃもじもついている。
まずは子どもたちにそれぞれサーブして、いよいよ恐いお母さんもうなぎを食べる。

炭火うなぎ おがわ ひつまぶし
ようこそ。

なんと言うことでしょう。お通夜みたいな空気があっという間にほころんだ。
うなぎが、うなぎが、とんでもなくおいしかった。
皮がパリっとして、身がふわっとしていた。なにこれおいしいのひな形みたいなセリフだな?語彙力なさすぎ甚だしいね!と心の中で思ったんだけど、でも本当の本当に皮がパリッとして身がふわっとしていたの。
「パリッとしてふわっとしてる!」と叫びながら食べて、子どもたちも「おいしいおいしい」と言いながらあっという間にお茶碗を空にした。これは大変、と追加でもうひとつ注文。今度は満を持して「大盛り」にした。だって、夫も子どもたちも、大盛りだ大盛りにしろ、と言うんだもん。
いや、でもさすがに多いのではと、ちょっぴり不安にもなった。運ばれてくるまでずっと夫に「食べきれなかったらどうしよう、お持ち帰りにしたほうがいいのでは」、と弱音を吐いていたんだけれど、運ばれてきたひつまぶし(大盛り)はものの10分ほどで空になった。

炭火うなぎ おがわ ひつまぶし うなぎ
とっても美しいひつまぶしです。

デラックスなうなぎ定食を平らげた夫は、待っていましたと言わんばっかりにひつまぶしを食べて食べたし、「まだまだ食べられる!」と豪語していた息子も茶碗に3杯ほどお代わりした。
各々、たくあんを乗せたり、ねぎをのせたり、海苔をまぶしたり、お出汁をかけたり、とても楽しそうでもあった。やはりひつまぶしは楽しい。言うまでもないのだけど、余るのでは、とオロオロしていた私も、さらに茶碗に2杯ほど頂いた。

余った米粒をさらえるような段になって、せかせかと動いていたら、あろうことかお出汁が少し残ったお椀をひっくり返してしまった。今回2度目のおこぼしだった。せっかくお席を移動させていただいたのに、移動した先でまたこの失態。お座布団を汚してしまった。
ああもうなんで、と悲しくなりながらお座布団やテーブルを拭いていたんだけど、すっかりくちくなったお腹ではあっという間に幸福感が勝ってしまう。
美味しいうなぎを食べた後の私たちは無敵。

さて帰りましょうかと立ち上がらんとしたら、息子が「しーあわっせならてをたったこ!」と歌い出して多幸感に拍車がかかる。
なんて穏やかなこと。

床の間には「春が来てやがて夏が来る」と書かれた掛け軸があって、私もまったくそのように思ったし強く共感してお店を後にした。
とてもいい夜。

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