突然ですが「美食倶楽部」と言われてどんなイメージをいだきますか。
みんなで作ったお料理の記念写真を一枚、食べてなくなる前に!
どこか遠いところにあった「美食倶楽部」
美食倶楽部と聞いて筆者はまっさきに海原雄山氏を思い浮かべました。言わずと知れ…ていると思いますが、どうだろう、マンガ「美味しんぼ」の名物キャラクター。たいへんにストイックな芸術家で、「食」を芸術と見立て美食倶楽部という会員制料亭を主催しています。モデルとなった芸術家の北大路魯山人は実際、会員制食堂「美食倶楽部」を主宰していたそう。
なにが言いたいかというと「びしょくくらぶ」という音の響きからは「食に対する非常にストイックな姿勢」「洗練された厳しさ」「一種の遠さ」という印象を感じるところからこのおはなしを始めようということです。
そして、筆者が「現実の美食倶楽部」を訪れて、どんな世界を体験したのか、というお話をしたいと思います。
厳しい表情で、ストイックに食材と向き合うオトナの図
献立から食材を選ぶのではなく、食材から献立を決めることができないか
令和の御代となって初めての正月を迎えた2020年の1月、「美食倶楽部」は四日市市街の中心地にあるプラトンホテルでキックオフを迎えました。支配人である黒田美和さんの挨拶では、この美食倶楽部を開催しようと思い立った経緯を聞かせていただきました。
美食倶楽部キックオフイベントのあらましをお話しするプラトンホテルの黒田支配人
食の上流にいくというコンセプトで、かつて黒田さんご本人が漁の体験をした時のエピソードが印象的でした。「こんなに手間をかけて丁寧に作られているのに、安すぎる、納得いかない」という非常にリアルなご意見。
旬の食材を前に「サア、自由に使って料理しましょう」ということになる
消費者の側からだと見えない生産者の世界があり、逆に生産者の側からだと見えない消費者の世界があります。このギャップ「一緒に料理して、一緒に食べることで埋まらないだろうか」というのが、美食倶楽部発足の大きなモチベーションだそうです。
旬を持ち寄る
サボイキャベツを持っているのは、自らを「農民」と称する、すいーとぽたけ代表の吉川さん。普段はスーパーに並ばないようなカラフルな野菜を存分に持ち込んでいただきました。
「なにこれ、どうやって使うの?」という質問にも力強く答えてもらえるのは、生産者がキッチンにいる強みでしょう。
美食倶楽部について感想を聞いたところ、目からうろこの返事が返ってきました。
「消費者の方が、自分の作った野菜を実際に使っているところはめったに見られない、感動しています」
たしかにおっしゃる通りです。言われてみて初めて気が付きました。厨房での料理を通して、生産者と消費者が直接つながる場面に出くわしたということです。こんな風に美食倶楽部がもつポテンシャルを、いくつも目の当たりにしました。思っていたよりもずっとすごいゾ、美食倶楽部。
美しいビーツの断面「採れたての新鮮な」「見慣れない」食材と出会えるのも美食倶楽部の醍醐味
鯛をさばいているのは、南伊勢で鯛の養殖業と漁師のいるゲストハウスを営む橋本さん。生産している方が、そのまま料理をしているわけであり、これを後で食べられるのかと思うとわくわくしてきます。
料理をする男のカッコよさがにじみ出ています
珍しい食材だけではありません。珍しい料理と出会えるのも、美食倶楽部の魅力。これは鯛の塩釜焼を作っているところです。卵白と塩を混ぜ合わせ、昆布と鯛の身をくるんでオーブンで焼きます。筆者は作っているところを見たのは初めてで、参加者の方の関心も高かったです。
鯛と昆布を、塩と卵白でくるんである
塩釜に取り組んでいるのは三重県伊勢農林水産事務所長の太田さん。いつもキャンプで塩釜焼を作るそうです(楽しそうなキャンプですね)。
「普段作る得意料理を皆さんにふるまって喜んでもらえると嬉しいよね」
確かにそういう喜びってありますよね。「腕をふるってみよう」という舞台があるのはハリがでるもの。
塩釜に取り組むナイスミドル、できる男の背中
こちらはおにぎりせんべいでおなじみマスヤグループ株式会社の浜田社長。普段料理はされますか、と聞くと素早く「しないです」という返事をいただきました。しかし浜田さんもまた美食倶楽部を発足したいという志があり、四日市で美食倶楽部のキックオフイベントがあると聞いて、いち早く参加表明をしたのだそうです。
慣れない手つきが可愛い社長の図
浜田社長のたどたどしい手つきの横で「この人がこんなことしている姿は滅多に見られないよ」とは、四日市柿安の女将である赤塚さん。
おいしいお肉料理への期待が止まらない
浜田さんに厳しい?指示を出して、大変頼もしい様子でした(昔馴染みだそうです)。
「お酒を飲みながら一緒に料理をすることで、上下関係がなくなっていくのが楽しい」
これも美食倶楽部の魅力ですね。チームビルディング研修にも活用してほしいという黒田さんの考えにも、非常に納得がいきました。
料理ができるお父さん、茶々をいれる娘さん… おうらやましい…
「地域のコミュニティのハブとなる」
東京から娘さんと一緒にご参加の山本さん、食材の流通を手掛けており今回の参加者にも多くの顔なじみがいるようです。とはいえ仕事上のお付き合いのみで、さすが一緒に料理をしたことはなく
「まさか、あんなに料理ができるとは思いませんでした」
「あんなに食材に詳しいのに、普段料理しないのは意外でした」
こんな、ほほえましい会話も聞こえてきました。
鈴木三重県知事も料理に参加しています。「お酒飲みながらみんなで料理するんや、ホンマに美食倶楽部やな」と感心したご様子。「ホンマに」とは本場である、後述のサン・セバスティアンの美食倶楽部と比較してのことです。
キッシュとパスタを作る三重県知事
「ええやん、美食倶楽部」
「三重の新しい名物が出来たらなと思います」
美食倶楽部のキッチンに集まった旬の食材から新たなペアリングが生まれ、三重県の新たな名物になる。そういった美しい絵図も、現実のものとなりそうです。
お酒を飲みながらワイワイと和やかな雰囲気の中で、続々とおいしそうな料理ができていきます。
素早くキッチンで牛肉に和風シチューをかけて食べた
当記事ではほとんど触れていないが、影の功労者であるプラトンホテルの近藤料理長が監修したキッシュ
横に置いてある飲みかけのビールがざっくばらんな空気感を物語っている
さて、お料理ができたらみんなでホールに持っていって食べるだけ。ここまで初対面だった方々とも、ともに料理をして、ともに楽しみ、ともに飲んで味見をして、打ち解けたせいなのかテーブルセッティング作業のスムーズなことに驚きました。
20人以上の参加者が自然に声を掛け合いテーブルセッティングを行う
ここで冒頭の写真の場面となります。
サン・セバスティアン
あとは、みんなでお酒を飲みながら、自分たちで作ったお料理にじっくりと取り組むだけ。
その時に聞いた【美食倶楽部】という文化についてまとめてみました。一緒に聞いている雰囲気を味わっていただければ幸いです。
大きな食卓を参加者全員で囲む
まずは話題は海外に飛んでいきまして、スペインのバスク地方、サン・セバスティアンという海沿いの町があると想像してください。
今回の「美食倶楽部」のお話は、この街に端を発するのです。
サン・セバスティアンは大西洋に流れ込むウルメア川の河口部に位置しており、と言われても字面だけではピンときませんよね。河口部であるため物流の拠点となって古くから栄えていた、いわゆる歴史のある街です。鳥羽市の半分ほどの面積で、現在の人口密度は四日市市の約二倍。なんでもミシュランガイドに記載される星付きレストランの宝庫だとか。
星付きレストランの宝庫についてお話を聞く
実在した美食倶楽部
こんなサン・セバスティアンに根付いている「美食倶楽部」という文化に感銘を受けた日本人がいると想像してみてください。昔じゃなくて、現代の話ですよ。サン・セバスティアンの美食倶楽部とはおよそ以下のようなものだそうです。
1会員は厨房とホールと、調理器具を借りられる
2お酒を飲みながら料理できる
3旬の野菜やジビエ、使いたい調味料など、食材を持ち込んで料理する
4厨房では男性が料理をする
5ホールでは女性や子供も一緒に食事ができる
「料理して食べること」洗練されると貴重な体験になる
「女性はキッチンに入らないんですか。」
「向こうはかかあ天下だから、厨房では男ばっかりで楽しく料理するんだよ。できた料理をホールに持って行って、家族と一緒に食べることはあるけどね。」
美食の街の家庭事情もいろいろある、ということだろう(声の響きに真実味があった)。とにかく支配人の黒田さんは、このサン・セバスティアンの美食倶楽部に感銘を受け、今回の美食倶楽部開催を決意したということです。
主催者の顔と参加者の顔をいったりきたり、黒田支配人は終始嬉しそう
「食は幸せなもの」
黒田さんの印象的な言葉です。「作る側と食べる側、プラトンホテルのスタッフも幸せになれる、関わる人みんなが幸せになれる形」を美食倶楽部に見出して、今回のキックオフイベントという形になりました。
食べたらみんなで後片付け
こうして一度形にして見えたことを活かして、さらにブラッシュアップしていくと黒田さんは言います。利用法についてはチームビルディング研修、新しい企業接待の形、地域コミュニティでの活用などなどいろいろなアイディアが飛び出していました。
多くの三重県民が言います。
「三重のいいとこ… そうやな、食べ物がおいしいな。」
そう、食べ物がおいしいんです、三重県って。そんな三重県で旬の食材を持ち寄って、みんなでワイワイおいしいものを(お酒を飲みながら)作って、みんなで食べるなんてとても贅沢ですよね。
皆さん、三重でまた面白いこと、起こってますよ。
関東出身。十歳で三重に越してくる。
十代でコーヒーにはまり、器具にこだわったり産地の飲み比べなどする。
紆余曲折を経て現在は茶業界で働き、やっぱり器具にこだわったり産地の飲みくらべなどしている。
人生におけるリソースを食にふりがち。得意ジャンル:グルメ