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【高校生レポート】熊野高校生×三重県庁「熊野のミリョク見つけよライ!」企画者側として参加して

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こんにちは。そしてお久しぶりです。
かなりかなりお久しぶりです。熊野市在住の高校生記者タイガです。

今日は僕の母校、三重県立木本高等学校と三重県庁の東紀州振興課さんとのコラボで先日開催した、熊野古道15周年記念イベント「熊野のミリョク見つけよライ!熊野探索2019 With木本高校」のイベントに主催者側目線、そして参加者目線でリポートしていこうと思います。

こちらがそのイベントのポスター

まず最初にこのイベントは、今年で熊野古道が世界遺産に登録されて15年目ということで、地元高校生とコラボして一つイベントをしようという事からこの話は始まりました。ESS(英語部)、JRC(青少年赤十字部)、写真部そして僕が立ち上げた個人活動団体であるDiscovery熊野の4つの組織が手をとり、企画したのがこの「熊野のミリョク見つけよライ!熊野探索2019 With木本高校」
企画をざっくり説明すると、高校生が5グループに別れ、熊野の魅力をガイドしながら歩くといったイベントです。JRCは日本語ガイド、ESSは英語ガイド、そして写真部は写真の撮り方指導を担当します。

 

多くの県職員の方の力をお借りしました。 ありがとうございました。

僕自身も企画者として、そしていち高校生ガイドとしてこのイベントに参加しました。
今回のイベントの特徴の一つは、グループに1台ずつ支給されるレンズ付きフィルム、通称「使い捨てカメラ」です。イマドキ全く使われなくなった使い捨てカメラですが、今回はあえて使うことにしました。理由としては、

・27枚という限られた枚数の中で、本当に良い熊野の魅力が見つけるため。

・現像することで、写真という形あるものとして熊野の魅力が残るから。

・一枚の写真を撮るのにグループ内で試行錯誤するため、その過程でコミュニケーションが生まれるから。

などなどの理由があります。あと、フィルム写真特有の独特な味が出るのもいいですよね。

三重大学の留学生も多く参加していただき、とてもグローバルなイベントになった。

短い募集期間でしたが、なんと高校生ガイドも合わせて90人を超える特大イベントになりました。当初は参加者が5人とかで涙が出そうでしたが、様々な人のおかげで無事に多くの人が集まりました。中には東京在住の方やドイツ在住の方までいて、とても新鮮な雰囲気が朝の学校には漂っていました。

説明を「言う」のではなく「伝える」という事を意識するように学生同士で心がけた。 さて、いよいよ木本高校を出発です。
僕のAコースは5グループの中で一番しんどいコースです。二つの熊野古道を越えたのち、木本高校まで徒歩で帰ってくるという、名付けて「本気の探索コース」です。木本高校を出て早速、熊野古道松本峠に向かいます。

道中、木本高校生が豆知識を交えたガイドをします。どうやら、後白河天皇は人生で33回も熊野古道を使って熊野に来たそうです。よほど熊野のファンだったんですね(笑)

登り始めて3分。既にみんなの息はゼーハーゼーハー。

実はここは熊野古道ではありません。もう少し登った所からが「世界遺産熊野古道松本峠」になります。
でも何気にここの石段がしんどい…。木本高校の運動部はたまにここを走らされています。本当にすごい。

住むならこんな景色のいい所が良いと、この少年は言っていた。

さて、ようやく登り口に着きました。七里御浜が一望できる見晴台から使い捨てカメラでパシャリ。
この少年は津市在住の小学校5年生の男の子で、お父さんと一緒に参加されました。ちなみに使い捨てカメラを使うのはこれが人生初だそうです。そして一枚撮ったら次の人にパス、というのがこのイベントのルール!

少年も、少年のお父さんもかなりハイペース。 さあ、どんどん上がりますよ~。 古道に入るとそれほど傾斜がきつくないんですよね。少しずつ古道感が出てきました。それにしても少年、それほどハイペースで大丈夫か?

そして後ろを振り返ってみると・・・

この人数になってくると、人数確認もひと苦労だ。

大行列です。
それもそのはず。我がAグループは全員で20人もいますから。頂上には身長の高いお地蔵様がいる。 さて、松本峠の頂上に到着いたしました。松本峠はとても登りやすく綺麗な古道として知られていて、初心者でも簡単に登ることが出来ます。ちなみに他のグループもこの松本峠を歩いたそうです。

少し雰囲気も砕けてきて、とてもガイドがしやすくなった学生陣。

頂上ではまた高校生のガイドが入ります。
このお地蔵さまの足元には弾痕があります。それは昔、この地域にいる鉄砲撃ちの名人・新左衛門によってつけられた跡だと言います。朝通った時には地蔵がなかったのに、猟から帰ってくると、なんじゃこりゃ!ってなった訳です。そしてこれはキツネが地蔵に化けているに違いないと思い、あえて地蔵の足元を狙ったんですね。キツネは逆立ちして化けますから。そしたらばそれはただの地蔵だったという話です。ちなみに今でもその弾痕は確認できますので、ぜひお地蔵さんの足元を確認してくださいね。

初めてこんなに混雑した熊野古道を見た。

小休憩を挟んだ後、再スタート。すると前方から来たのはB1チームとB2チーム。彼らは主に三重大学の学生さんを対象にガイドをしています。それはそれは、大所帯と大所帯のすれ違いですから、もう大混雑です(笑)たぶん今日は一年で一番多くの人がここを通ったんじゃないかな?
ですが昔は「蟻の熊野詣」と呼ばれるほど、多くの人がアリのように一列に並び熊野三山に向かっていたそうですから、これが普通だったのかもしれませんね。

こっちから登るとかなりしんどい。さぞかしBチームはしんどかっただろう。 急な下りを降りてようやく平地です。これにて「熊野古道松本峠」完歩です。みなさんやはり足には自信があるようで、疲れた表情が全くありません。

清滝は連日の快晴でほとんど水が流れていない。

またまた高校生ガイド。かなり見えにくいと思いますが、画像中央の方に滝が見えるかと思います。あの滝は普段はもっと水量が多いのですが、最近雨が降っていないので全然水がありません。あの滝は「大馬の清滝」と呼ばれています。噂では人を斬った刀を昔あの滝に捨ててた(or 清めてた)ため、見える人には見るとか。信じるか信じないかは…。

木本高校生の夏のオアシス、大泊海水浴場。

お昼ご飯の時間になってきました。お昼ご飯は松本峠降りてすぐの大泊海水浴場で、海を見ながら食べましょう。

 実は木本高校ラグビー部もこのビーチで練習していたため、海とラグビーを見ながらの昼食。いい感じの階段があったので、ここで30分のお昼休憩。皆さんお弁当持参です。もうすっかりグループは砕けた雰囲気になっていて、釣りの話やら、お住まいの話やらで盛り上がっていました。

なんか青春だよね。 早く食べ終わった人はやはり波打ち際へ。特に何をするわけでもありませんが、ただ眺めているだけで、ただ音を聞いているだけでとても穏やかな気持ちになれます。
それにしても、びっくりするくらいの快晴です。

入り口を見ただけで「観音道」の名の由来が推測できるだろう。 さて、再スタートです。本日の2本目の古道である「熊野古道観音道」の入り口に着きました。みなさんご飯を食べてすっかり体力が回復してます。

ここでも高校生ガイドです(ちなみに僕が喋る番なので写真はありません)。
観音道にはその名の通り、観音様が33体、古道のいたるところに並んでいます。この33体には西国三十三所の寺の名前が刻まれており、昔の人はこの一体一体に手を合わせて行ったそうです。
熊野古道伊勢路は、簡単な話、伊勢と熊野三山を最短ルートで結ぶために出来た道です。しかしこの観音道は、経由しない方が早く着くうえ、けっこうしんどい道です。にも関わらず、多くの人がこの古道を歩いたのですから、当時、いかに観音信仰の力が壮大だったかが計り知れます。

 

少しずつみんなの表情に疲れが…。

この古道は、先ほどの松本峠とは違い、ツヅラ折りに登っていく古道です。写真から、いかに急な斜面を一気に上がるかがお分かりいただけるかと思います。先ほどまで元気だった方も、少しずつ顔に疲れが見え始めました。

 これこそ観音道のいい所です。登りの後にあるしばらくの平坦。熊野古道八鬼山では永遠と登りが続いているため、一度足を止め、休憩しなければなりません。ですが観音道は平坦な道が登りと交互に入っているため、歩きながら休憩できちゃうんですよね。

少年も思わずおじさんをガンミ。 みんなが息を切らしながら登っている最中、前から現れたのは自転車を押して下ってくるおじさん。話を聞くと新鹿方面から、登りは自転車を担いで登ってきたそうです。僕は何度もこの古道を様様々な方向から登ってきましたが、どこも急斜面で、僕はとても担いで登ることはできません。息ひとつ切らしていないこのおじさんには、一同度肝を抜かれました。

少年の右上にある岩のくぼみに泊観音がある。 いよいよ観音道の頂上、「泊観音」に到着しました。かなり時間がかかりました。泊観音とその横にあるボロボロの心霊スポットのようなお寺、「清水寺」は、1000年以上前に坂上田村麻呂によって建てられたとされています。日露戦争中も、必勝祈願をする人が多く訪れたそうです。
どうやら少年も少し疲れ気味。

平坦な道で、先ほどと違いものすごく歩きやすい。 そして休憩を挟み、再スタート。一応ここで観音道は終了です。次は下山するために、「熊野古道大吹峠」を目指します。なんだか探索してる感じがしますよ!

余談だが、熊野はシダ植物の宝庫らしい。 しばらくすると猪垣が見えてきました。イノシシから何を守るのかはよくわかりませんが、確かにイノシシの侵入は防げそうな高さがあります。そしてまたもや登りです。もしかしたら古道を守るために作られたのかもしれない(あくまでも個人の感想です)。 写真では見えませんが、猪垣がYの字のように交差している箇所。こうやってみると昔の人は電動工具を使わずに加工し、重機を使わずにこれを積んだのですから、現代より何倍も工賃と人件費がかかりそうです。

原生林だったころはもっとはっきりと熊野が一望できたのかもしれない。 そして、きっと今日一番の見どころ、標高280mから熊野が一望できる見晴台です。西日が熊野灘を照らし、目をすぼめてしまうまぶしさです。ここから熊野を見ると、いかに熊野が陸の孤島かがわかります(笑)

今日はここで転ぶ人がいなくてよかった。 さて、下りに入ります。下りも下りとて筋肉を使うんですよね。特にここは落ち葉がたくさん落ちていて滑りやすくなっているので、神経も使います。疲労してきた太ももに追い打ちをかけてきます。

暗い古道の中に突如現る、この開けた空間に流れる風を是非想像して欲しい。 長い急な下りを降り切り、ようやく大吹峠との合流地点に着きました。大吹峠にはかなり綺麗な竹林があり、その周りに茂るシダ植物が魅力です。

超絶逆光に涙する一同。 そして皆さんもパシャリ。もちろんそのあと使い捨てカメラでもパシャリ。

下りは何かとみんなのテンションが上がる。 今回、大吹峠は全部下りなのでとてつもなく楽。もうこの時間にはみんな完全にお友達です。高校生は外国の事とか、都会の事とか、進路の事とかを参加者と話しています。

本当はこの後、熊野古道の下を通るトンネルを歩いてもらって、いかにこのトンネルが大切かを知ってほしかった…。

ようやく下りきりました。久しぶりの平坦なコンクリート道路です。ちなみに現在の時間が14時40分。学校に着いていなければならない時間を既に10分も遅れています。このまま歩いて木本高校まで行くとバスの時間に間に合わないため、県の職員さんにお迎えに来てもらいました。

 これにて我がAコースの探索は終了です。使い捨てカメラの枚数もちょうど0枚。
27個もの魅力を見つけれたのも、グループのメンバーが協力し合った結果だと思います。本当にお疲れさまでした。
 以上でリポートを終わります。
今回のこのイベントを通して、高校生と一緒に熊野の魅力を見つけられたのも大きな成果ですが、なにより多くの人が年齢、性別、人種、職種、関係、所属などを越えて活動し、上辺だけではない本当のコミュニケーションをとることが出来たことが一番の成果かと思います。また学生は、土日の休みを割いてまで熊野古道の勉強会を開いたり、フィールドワークをしたりと大変でしたが、最終的に今日、参加された方が喜んでくれたことにより、その苦労が実を結んだという事を実感したと思います。この経験は、今回参加した3つのクラブに加え、僕自身の今後の活動にも大きくかかわってくると思います。

「何事も力を抜かず、ひたむきに続ければ必ず誰かが認めてくれる。」

まさに高校生の僕たちが一番経験しておくべきことを経験できたこのイベントでした。

 

P.S.

僕の所属していた木本高校ESS部

僕は三年生なので既に引退しましたが、元々ESSに所属しており、2年間も部長でした。僕が入部した時はただお菓子を食べながら、ALT(外国語指導助手)と喋るだけの部活でしたが、徐々に活動の範囲を広げ、今ではスピーチコンテストに出場したり、英語お料理教室を開いたりするアクティブな部活へと変わりました。
そんなESSはどうやら今年度末に部活として認められなくなり、廃部となるそうです。現在の部員が5人というのと、学校全体の顧問不足が大きな理由だそうです。なので言わば今回のイベントがほぼ最後の公に出てする活動になりました。
僕自身かなりこの現状が受け入れがたいですし、もっと部長として色んな事をするべきだったと後悔しています。これからは部としてではなく、英語の授業の延長線上で活動をするそうですが、今日学んだ「何事も力を抜かず、ひたむきに続ければ必ず誰かが認めてくれる。」を忘れずに、いつか華々しく返り咲いて欲しいです。
今日は英語ガイド文の翻訳から通訳までお疲れさまでした。

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