空が広い町。
人は何かを考えたり誰かを想うとき、空を見上げることがある。そこに答えがあるわけではないのに、青空に浮かぶ雲や月夜を眺めたりする。
“明和町の好きなところですか?そうですね、何もないけど空が広いところ”
幾度か明和町を取材して地元の人に質問をすると、そんな答えが返ってくることが多い。空が広い明和町は、人口約2.3万人の町で山がない。田畑が広がる平らな地形の伊勢平野にある。山もビル群もないと空は広く、西を眺めれば遠くに連なる山脈は、まるでパノラマ写真を見ているような感覚になる。そして東側は穏やかな伊勢湾の海岸線が続いている。
今回、明和観光商社(以下、明和DMO)ができたと聞いて訪れたのは、元保育園を活用した事務所。出迎えてくれたスタッフの小澤さんと秋山さん。どちらも県外からの移住者だ。そこであらためて聞いてみた。明和町の好きなところってどこですか?
小澤さん:空が広いところですね。
これからの時代に必要なパートナーシップ。
明和町の北は松阪牛で有名な松阪市、南は伊勢神宮がある伊勢市で、古代から南北朝時代まで伊勢神宮に使える斎王(未婚の皇族女性)が暮らした国史跡の斎宮跡が発掘され、歴史好きの観光地となっている。
明和DMOのコンセプトは「悠久の平安 よみがえる遺跡とHANAのまち」。
HANAとは、
・H=Health&Healing(心と体の健康・癒し)
・A=Agriculture(農水産物)
・N=Nature(空、農村風景、花等の自然)
・A=Activity(体験プログラム)
を意味し、2019年1月に設立、2019年8月に観光庁の日本版DMO候補法人のひとつに登録された一般社団法人だ。
DMOは世界的な流れで、中でも2017年にコペンハーゲン市が「観光客として扱われたい観光客は激減した」などを理由に、観光の終焉を宣言し、観光客を一時的な市民として町や暮らしを体験するという方向にシフトしたことは話題となった。欧米では観光のDMO化が進み、成功事例も相次いでいる。観光DMOを簡単に書くと、地域が自ら観光を基軸に稼ぐ力を身に付け、持続的に発展することが目的だ。
明和DMOも地域の産業、伝統、自然などに着目し、12の事業を作り一斉に走り出している。地域限定旅行業の資格を持つ秋山さんが担当するのは、旅行商品の造成や農家民泊、情報発信など。秋山さんは大阪府出身で伊勢市の皇學館大学に進学し、産学官連携から生まれた日本酒「神都の祈り」の開発時に明和町と関わったことが、明和DMOに地域おこし協力隊として赴任するきっかけとなった。
秋山さん:知らないことだらけで戸惑うことも多い毎日ですが、明和町はちょっとだけ知ってる地域なので安心感があります。
そんな秋山さんと明和町役場に向かった。
DMOに認定される基本的な条件として、地域の行政や団体との連携が欠かせない。明和DMOも地元の行政、観光協会、商工会など各種団体と連携している。町の担当課である明和町防災企画課長の奥田さんにお話をうかがった。
奥田さん:若い世代が活発になると、元気な町になると信じています。稼ぐ力を地域にも発展させて欲しいです。
明和DMOのスタッフはほとんどが町外出身者。したがって明和町に暮らす人を紹介して欲しい場合など、役場に相談することもある。地元を熟知する行政マンは、頼もしいパートナーだ。
観る観光から、体験する旅へ。
明和DMOの事務所のすぐ近くには大淀漁港と大淀海岸がある。ヘルスツーリズム担当の瀬田さんにご案内いただいた。
瀬田さんが乗っている自転車は、斎宮駅で貸し出し予定の電動式レンタサイクル。レンタサイクルで伊勢神宮を1泊2日で目指すコースもあり、大淀海岸も立ち寄りスポットになっている。瀬田さんは、斎王まつりの第26代斎王役などの経歴を持つ。さらに三重県初となるヘルスツーリズム認証を受けたプログラム「大淀海岸タラソテラピーウォーク」を担当するなど大淀海岸を活かした事業も展開する。
瀬田さん:伝説の初代斎王、豊鋤入姫命の跡を継いで天照大神を大和から伊勢にお連れし、伊勢神宮(内宮)を創ったとされているのが倭姫命です。また斎王が伊勢へ向かう際に、禊ぎをしたのが大淀海岸といわれています。日の出もとてもきれいな場所なんですよ。
事務所に戻ると、商品開発担当の髙村さんが帰ってきていた。昼間は特産品の開発やインターネットでの商品販売のために、地元の事業者と打合せが続く。明和町には伊勢海老や鮑などの特産品はないが、国内シェア7割を占める伊勢ひじきや農産会社が六次化で手がけるスイーツなどがある。
髙村さん:事業者さんにヒアリングして、商品の付加価値やネットでの販売規格などを考えて提案しています。
今回、明和DMOのスタッフを取材して感じたのは若さだ。地方創生という時代のニーズに対応できる若者が育ちつつある現代。そんな若者を育てる、明和町地方創生アドバイザーと明和町DMO事務局長に話しを聞いた。
もしかすると、その地の魅力を知らなかっただけかも知れない、日本の地域の可能性。
明和町地方創生アドバイザー 千田 良仁さん
皇學館大学 現代日本社会学部 教授。
香川県さぬき市出身。専門は農林漁業経済学、地域イノベーション論。全国の中山間地域でヒト・モノ・カネのコーディネートを通じた地域資源の発掘・利活用による地域活性化の支援、および大学と地域の連携によるイノベーション創出をテーマに研究、活動を行っている。地方創生アドバイザー(久慈市、明和町、吉賀町)を兼務。
明和DMO事務局長 安藤 直樹さん
岐阜県中津川市加子母の「道の駅かしも」で、2004年売上7千万円を2013年に1億5千万円に増収した名物駅長。九州・大分県の出身。広島の大学で樹木学や生態学を学び、環境調査のコンサルタント会社に勤めた後、道の駅の責任者に。農泊ビジネスの可能性、面白さを感じ、新しいチャレンジとして、明和観光商社の事務局長を務める。
DMOは限られた期間で収益を上げることが、国の認定条件とされている。地域づくりのプロはそれをどのように捉えているのだろう。
千田さん:12の事業を一斉に始めたのは、それぞれが絡み合って相乗効果が生まれるからです。3年で採算ベースに乗せるには12事業くらいはやらなくては。今は地域おこし協力隊のスタッフが担当していますが、将来的には地域の人の雇用の場にしたいです。
安藤さん:自分のなかで大きなテーマがあります。それは最終的に地元の人がやりたいことを応援するということ。中津川の道の駅ではアルバイトをしていた高校生が進学後にUターンで帰ってきたり、道の駅に集まる人同士の活動から特産品開発として商品化もされ、結果的に外部の人も集まりました。
私感だが、生まれ育ち、今なお暮らしている地元の魅力は見つけにくい。日常を過ごす家に特別感を持たないのと同じように。しかし外部から友人や知人がやってきて「ここいいね、あそこもいいね」と聞くと、言われれば確かにそうかも知れないと気付くこともある。
地域づくりのプロと、地域外からやってきた若者が感じている明和町の魅力に、町内外の人が繋がっていく。そして観るだけの観光地ではなく、気軽に地域の魅力や暮らしを体験できる、時代に合致した新しい観光を軸に展開していく。より伊勢神宮を楽しむために斎宮に立ち寄るのもいいし、明和の農業や漁業に触れる旅や、自然と向き合う冬キャンプも楽しそうだ。そこに今回のようなDMOスタッフというナビゲーターがいたならば、旅はより楽しくなる。
明和DMOの扉をノックしてみよう。
翌朝、大淀海岸で日の出を眺めた。斎王の禊ぎではないが、少し心が洗われていく気がした。まだ知らない地域の暮らしや風土に触れることは、既存の自分をアップデートしているようで爽快だ。
さて、極端な過疎地でもなく田舎過ぎない明和町。地元に暮らす人が「ふつう」と感じていることを若手の力で時代のニーズに合わせた観光資源に変換していく。そんな時代がやってきたのかと思うと、日本全国の「何もない」と地元の人がいう地域の可能性を感じた。あなたの暮らす町でも何気ない「モノ・コト」が観光資源に変わる日も、遠くないのかも知れない。
明和DMOは新たな繋がりを歓迎しています。
ご興味のある方はお気軽にご連絡ください。
一般社団法人 明和観光商社(DMO)
三重県多気郡明和町大堀川新田9番地
tel 0596-67-6850
hp https://dmo.hana-meiwa.jp
fb https://www.facebook.com/一般社団法人明和観光商社-875539542792788/
村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事