ホーム 00秋 津と鰯の深い関係。津から京都へ恋物語もあった鰯街道。津まつり ハレの日 鰯寿司。

津と鰯の深い関係。津から京都へ恋物語もあった鰯街道。津まつり ハレの日 鰯寿司。

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ハレとケ。それと鰯っす。

秋空の下、日本各地で祭りが開催される。祭りとは本来、祀り(まつり)であり神を祀ること。神様に感謝を伝え喜んでもらうための自主的な行為。ケガレを落としてゲジメを付け、祭礼を行うハレの日だ。

2018年、津まつりにて。

地域によりハレの日にお祝いとしての食べ物があるが、私が生まれ育った津では、300年以上の歴史を持つ津まつりの日に『鰯寿司』を食べていたらしい。これは40〜50年程前まで続いていた風習で、今はほとんど見受けられない。しかしなぜ鰯なのだろう。津に暮らしていても鰯をよく食べるということはない。そもそも鰯寿司とは押し寿司それとも握り寿司なのだろうか。そんなことを考えている矢先「その昔、津から京都まで続く鰯街道があった」という記事を読んだ。

今回、県外や海外出身の大学生たちにもフィールドワークとして参加してもらい、外から目線も交えながら鰯と津まつりの謎に迫った。

 

恋物語まであった、鰯っす。

まずは今回同行してもらう学生メンバー。

▲亜紀さん(三重大学人文学部・和歌山県出身)

▲セパさん(三重大学生物資源学部・インドネシア出身)

▲太郎くん(三重大学医学部・京都府出身)

▲ルシラさん(三重大学医学部・ブラジル サンパウロ市出身)

▲雄裕くん(三重大学生物資源学部・愛知県出身)

▲ひなたさん(大正大学地域創生学部・宮城県出身)

 

学生たちと向かったのは、3年前まで『東京大寿司(松田春喜社長)』という店で、今は松田さんのお弟子さんのお弟子さんが営む『すし処やま幸』。

今回は特別に松田さんにご協力いただき、ハレの日に家庭で作られていたという鰯寿司を振る舞ってもらう。

松田 春喜さん
『東京大寿司』元社長。三重すし街道元代表、全米桜まつりへ参加、ワシントンDCすし太郎との姉妹店提携など、寿司を日本の文化として全国また世界へ広める活動を行う。TBS『ぶっこみジャパニーズ』にも出演して、海外のニセ寿司店にレスラーの仮面で潜入し、寿司職人である正体を明かして日本の正しい寿司を伝えたことも。

早速、鰯寿司を食べた学生からは「ちょー美味しい!」「うゎ!ほどけるー」と嬉しい反応。

私もいただいたが、ほのかな酸味と柔らかな身、そして溶ける脂からは旨みが溢れ出る。鰯は津の白塚漁港産。当日揚がった鰯を夕方にさばき軽く酢締め。
松田さんは昨年、三重の民俗や食などを研究している大川学園理事長 大川吉崇さんと鰯街道実行委員会を立ち上げた。

松田さん:若狭の鯖街道、琵琶湖の鮒街道は有名ですが、津の鰯街道もありました。歴史ある鰯が知られていないのはもったいないと思うんです。

津という漢字は湊(港)を表す。中国の歴史書には『博多津(福岡県)』『坊津(鹿児島県)』『安濃津(三重県・現在の津)』として日本三津、日本の主要港と残されている。残念ながら明応地震(室町時代後期)で壊滅したが、早朝に揚がった鰯に塩を一振りして、生のままその日の夕方には京都へ運び重宝されていた。

また『御伽草子』の23話中の一話に『猿源市草紙』という物語がある。財を成した安濃津の鰯商いを継いだ猿源氏は、京都で大名や高家を相手にする高貴な遊女に片思いの恋をした。そして苦労の末に結ばれ、津の阿漕浦に連れて下るハッピーエンドの恋物語だ。

昔の津の海。漁の様子。(鳥羽市浦村町 海の博物館 展示物を撮影)

お話を聞きながら、鰯街道があった時代の活気に満ちる津の海を想った。
しかし「若狭から鯖を運んでいたなら、一緒に鰯も持っていけばよかったのでは?」と思っていたところ、大学で水産を学ぶ雄裕くんがこんなことを教えてくれた。

雄裕くん:伊勢湾は日本で一番(水域面積が)大きな湾です。森の養分を含んだ水が木曽三川などからも多く流れています。

伊勢湾は愛知側から反時計回りに海流が流れる途中、木曽三川や鈴鹿山脈から養分豊富な大量の水が交じる。その影響でプランクトンが育ち、食物連鎖が生まれ、鰯は栄養豊富なエサを食べる。つまり脂が乗った鰯に育つので美味しいということだ。ちなみに三重県が定める三重ブランド『桑名のはまぐり』や『あのりふぐ』も同湾で捕れることを鑑みると、伊勢湾のポテンシャルの高さがうかがえる。

松田さん:鰯は脂が乗っている魚なので生だけでなく煮物や揚げ物等、どんな調理法でも美味しく食べられます。海外でもよく食べられる魚で、ポルトガルでは街中で鰯を丸焼きにする祭りまであります。

お話を聞いていたルシラさんとセパさんの国でも鰯をよく食べるという。何気なく食べていた鰯だが、世界中で食べられているとなれば、歴史ある津の鰯は地域おこしの起爆剤になるのでは。

松田さんに見せてもらった白塚漁港の鰯の様子。

松田さん:今でも白塚でたくさんの鰯が水揚げされているのですが、その多くは養殖魚用のエサなどに加工されています。なので鰯街道を広く知ってもらい、津の鰯が街の飲食店で食べられるようになればと思って活動しています。

松田さんは鰯街道実行委員会として10月4日(鰯の日)に、今年もイベントを開催する。美味しい鰯寿司を堪能し、魅力的なお話を聞かせてもらって店を後にした。

 

泣かせてナンボな、しゃご馬の仕事。

日が暮れた夕方6時半。旧津体育館の駐車場横スペースに人が集まり始めていた。津市指定無形民俗文化財のしゃご馬の練習の見学に。運営は地域の有志からなる津しゃご馬保存会が行っている。

子どものしゃご馬用のお面なので、まだ優しい方だというが・・。

写真提供:ルシラさん

下半身が馬、顔には鬼のお面。しゃご馬には演舞があり鬼が陽気に踊り、最後に子ども目がけて脅かしに駆け寄ってくるからこれまた怖い。筆者も小学生のときに追いかけられ電話ボックスに逃げ込んだ経験がある。今回、保存会の会長である伊藤光一さんにお話をうかがった。子どもからすると恐ろしく(大人になっても少し怖い)、泣いている子どもを親が微笑ましくなだめている光景は、津まつりの風物詩でもある。

しゃご馬保存会 伊藤会長

伊藤さん:『なまはげ』みたいなもんです。やっぱり子どもが泣いてくれると仕事をしたなって思う。泣いてもらってナンボですから。津には演舞や太鼓など他にもいろんな郷土芸能が残っています。そんな中こういう伝統芸能があってもええと思うんです。

なまはげやしゃご馬だけでなく、日本の各地にそのような風習が残っているのは、人が生きていく上で大切な『畏怖』という概念を、伝統芸能を通じて子どもに教えるためだと思う。「そんなワガママいってたら、しゃご馬くるで」という親のひと言には泣く子も黙る。

伊藤さんが見せてくれた、昔のしゃご馬の資料写真。

しゃご馬は津まつりと同様に300年以上の歴史を持つ。戦前は近隣の4〜5市町にもあったそうだが、戦後の一時期は活動中止に。その後、津で復活した。

子どもしゃご馬のお面

伊藤さん:私は23歳のときからやっていて来年で50年目。今72歳で80歳くらいまではやりたい。祭りに向けて6月くらいから忙しくなります。夜になると毎日のようにお面を手作りしたり。だから同じ顔のお面は作れないしないんです。

お面だけではなく、しゃご馬に関する衣裳等はほぼ手作り。保存会には大人約45名、子どもは25〜30名程が在籍していて年々増加傾向にある。

セパさん:インドネシアにも下半身が馬の伝統演舞があります。しかしそれは専門的なプロがするもので地域の人がしているのと少し違います。

地域集団とも言えるしゃご馬は、台湾のランタン祭りで演舞したこともある。やはり海外の子どもも泣いたという。その時の感想をうかがうと、

伊藤さん:そりゃガッツポーズやわな(笑)。

そういって優しい笑顔になるツナギ姿の伊藤さん。ちなみに町で車やさんを営む。

しゃご馬に入っているのは、そんな地元のおじちゃんたちだったりする。

伊藤さん:しゃごは演舞したところに魔除けの札を置いてきます。

鬼ほどの恐ろしい存在に、魔物も降参というわけだ。

 

再び、こんちわ。鰯っす。

最後にやって来たのは飲食店が軒を連ねる津市大門。

地元食材を積極的に使い、料理にも定評の高い老舗バー和院には、こだわりのシングルモルトウイスキー等が並ぶ。伊勢湾の鰯を使った料理も作ることがあると聞き、今回は取材のために鰯のマリネを作っていただいた。

オリーブオイルと白ワインビネガーで漬けたシンプルな鰯のマリネと、

トマトやバジルそしてイタリアンパセリなどを特製ドレッシングと和えて鰯といただく一品で、どちらもお酒に合う逸品。

ひなたさん:港町の気仙沼出身ですが、こういう鰯の食べ方は初めて。美味しいです。

腕をふるうのはいくつかの料理店で修行を積んだオーナーの鈴木祐輔さん。今回この店を訪ねたのには訳があった。

山車の上で笛を演奏する鈴木さん(鈴木さんのFacebookより)

鈴木さんは津民芸保存会に所属していて120年以上の歴史をもつ津市指定無形民俗文化財、入江和歌囃子(いりえわかばやし)の演者の一人。

写真:津市民芸保存会Facebookより

入江和歌囃子はひょっとこのお面をかぶり、腰にたばこ入れや竹籠を付け、太鼓や笛の音に合わせて踊りながら『釣り』や『きせる』などを使う伝統芸能。笛を担当する鈴木さんにとって、入江和歌囃子の魅力とは。

鈴木さん:しゃご馬や獅子舞に比べて入江和歌囃子は地味やし理解者が少ないです。でも知ってくれている人は一つひとつの所作を分かってくれるので嬉しい。魚を釣ったなとかタバコを吸ったなとか。言ってみれば、能のちょけた感じなんやけど。僕の中では入江和歌囃子が一番かっこええです。高山のからくり人形に近い世界観やと僕は思います。

津まつりにはしゃご馬や入江和歌囃子だけでなく、伝統を築いている計16の郷土芸能団体が出演する。そして鈴木さんのように津の街で商いをしながら、郷土芸能の活動をしている人も多い。城下町として栄えた津には、今も暮らしの中に伝統芸能があるのだ。そして鈴木さんはこう続けた。

鈴木さん:僕は人前に出るのが苦手なタイプです。でも伝統を守っていくこと、そして継承していくことは大切です。自分の子どもにもやらせようって思います。

学生たちは鰯のマリネに続き、和院で人気のパスタを食べて今回のフィールドワークは終了。感想を聞いた。

亜紀さん:和歌山から津にきて4年。歴史と鰯のことが知れて良かった。そしてもっと津のことを知りたくなった。しゃご馬は怖かったのですが、あの怖さが印象的で津のアイキャッチになりそう。

ルシラさん:しゃご馬の練習など表には出ない部分を見れて、次に津まつりに行ったら見え方も変わると思う。

雄裕くん:水産を学ぶ者として、僕も鰯街道を掘り下げたくなった。文化は食すことで伝わることもあるので、津の学校給食に津の鰯を使うのもいいのではと思った。

駅まで学生たちを送る車内。学生たちの自然に生まれた会話に、つい微笑ましい気持ちになった。
「またみんなで行こうよ」「いや、マジで行きたいね。いつにする?」

 

鰯っす。津まつりで会いましょう!

『隣の芝生は青い』とは良く言ったもので、私は津に生まれ育ったが、若い頃は津が好きではなかった。いや、大嫌いだった。都会みたいに流行の先端なんてないし、京都みたいに歴史ある街並みも少ない。伊勢のような観光地でもないし、世界一短い地名ということばかり、テレビで取りざたされるのにも嫌気を感じていた。しかし都会から帰ってきて、それなりに歳を重ねた大人になって地域と繋がり、祭りで垣間見る歴史に触れたり、今回のように鰯街道を知ったりするうちに地元に愛着が湧いていった。今回、正直なところ「学生は楽しんでくれるだろうか」という不安もあった。でも彼ら彼女らの楽しそうな表情を見て、自分が暮らす町が少し誇らしく思えた。

さて、今年は10月12日と13日に行われる津まつり。
津まつりは第2代藩主 藤堂高次が、津の町の総氏神を津八幡宮と定めたことに由来している。12日のスタートは朝、津八幡宮に伝統芸能の団体が集まり、お祓いを受けてから演舞を奉納してそれぞれの山車で町に繰り出し、2日間かけて練り歩きをする。

津の町に太鼓、笛、ホラ貝の音が響き、様子がよろしい祭衣裳の旦那衆や奥様方も、初デートよろしくの初々しい中学生も、しゃご馬に泣かされた小さな子どもたちも・・そんな祭りの微笑ましい景色を、神様が山車の神輿から眺めて喜んでいることを祈って。

津まつりではフェニックスエリアの津商工会議所ブースにて『学生目線の街歩きLoupe×OTONAMIE』のタブロイド版(紙版)を無料配布予定です。
紙面の表紙は鰯っす。
ぜひ伝統芸能の雅を感じに、津まつりへ!

 


 

<取材協力>

鰯街道実行委員会

すし処やま幸
津市雲出本郷町1641
tel 059-264-7422

津しゃご馬保存会
hp http://tsu-mingei.net

キッチンバー和院
津市大門22-6 前田ビル1F
hp http://www.wine1968.com
fb https://www.facebook.com/Wine1968/

 

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