ホーム 02【遊びに行く】 三重県立美術館でデンマークでの思い出と再開した話ー「デンマーク・デザイン」展に中谷ミチコ「その小さな宇宙に立つ人」展も交えて

三重県立美術館でデンマークでの思い出と再開した話ー「デンマーク・デザイン」展に中谷ミチコ「その小さな宇宙に立つ人」展も交えて

「デンマーク・デザイン」展が三重に来た!

 

皆さんはデンマークという国についてどのようなイメージがあるだろう?

本土は九州くらいの大きさ、そこに神戸市ぐらいの人口が住む北欧の国で、ドイツの北側にある、、、一般的な事を並べるとこんな感じ。

 

また、レゴブロックやアンデルセン童話の生まれ故郷としても有名で、高福祉国家だという事をご存知の方も多いと思う。

 

そして、「北欧デザイン」と聞いて思い浮かぶ国の中の一つ、という事も。

 

三重県立美術館で現在、その近代〜現代のデニッシュデザインに触れられる「デンマーク・デザイン」展が開催されており、普段は遠くに感じる国の息を間近に感じる事ができる。

 

筆者はその小さくもなかなかに見どころが充実した国に1年弱留学していた経験があり、今年度の同美術館の情報を得た時、心の高鳴りが抑えられず、様々な事を思い出していた。

 

生活リズムが狂う程夏の日中が長いこと、逆に冬は日が昇るのが遅くて寝坊しがちだったこと、出会った人たちにヨーロッパ特有の煉瓦造りの街並み、そしてその暮らしを彩る家具や布、照明の数々。滞在していたのはもう9年前、でも昨日のことのようにリアルに思い出せる。

 

コペンハーゲンのダウンタウン周辺

美術館へ行って懐かしさに浸ろうと思い、会期が始まった翌週に訪れてみた。

 

日本各地を回る歴史的重要な約200点のデニッシュデザインたち

 

今回の展示は2017年に日本とデンマークの外交関係樹立が150周年を迎えた記念として、同年から全国各地を巡回している。東京や長崎などを経て三重にやってきた約200点の家具や雑貨はデンマークデザイン博物館の協力を得て並んでいるものたちだ。

 

展示は19世紀末から始まり、現在まで4章に分けられてデンマーク・デザインの系譜を辿っている。

 


 

まずは18世紀末から20世紀初頭に入るまでのデザインについて。この時代はまだ優美で華麗な品々が並び、「北欧デザイン」と聞いてもイメージとは少し違う物が並ぶ。

 

足を踏み入れるとまず目に入るのは王室御用達の陶磁器・ロイヤルコペンハーゲンが約30点が並ぶショーケース。特徴的なコバルトブルーの絵付はこの頃から健在。でも、そんな中に「これもロイヤルコペンハーゲンなのか!」と思う物も発見。

 

トンボ柄のロイヤルコペンハーゲンも!

 


 

2章は20世紀初め。ドイツから始まった機能的かつ実験的デザインを実践したバウハウスの流れがデンマークにも流れ込む時代。この頃からデンマークのデザイン、と聞いて想像できるような形状が並ぶ。

 

「デンマーク近代家具の父」とされるコーレ・クリントの代表作「サファリチェア」、そして折り紙のようなペンダントランプも。プラスチックシートのプリーツは優しく美しく周囲を照らす。

 

プリーツが美しい1枚のシートからできているランプ

 

デンマーク王室御用達の銀製品といえばジョージ・ジェンセン。さすが100年以上の歴史、この時代でも優美さを忘れないものづくりを行っている。

 

 

少し驚いたのはアルネ・ヤコブセンのテキスタイル。ヨーロッパ全体的な芸術の流れ・アールヌーボーの影響か、または19世紀終盤に人々の暮らしの質を上げるために生活と芸術の統一を目指したアーツアンドクラフツ運動の流れからか、その流れを汲んだような模様が展開されている。その後のシャープな家具や建築の印象とは少し違うが、やっぱり配色やパターンの展開は心地よく感じられる。

 

何だかウィリアム・モリスの壁紙が思い浮かぶ

 


 

次の章はデニッシュデザイン百花繚乱。少しインテリアに興味がある人ならすぐに思い浮かぶ巨匠の名前や今でも名デザインとして名を連ねるプロダクトがズラリと並ぶ。

 

まずはダンスク社のカトラリーやキッチンウェア。

この頃の時代の流れは機能性重視から暮らしの質を高める物への転換を図っていて、北欧のデザインはそれに沿う形で人気を集めていく。アメリカから始まったとされるその流れはダンスク人気を同国で高め、カラフルで使い勝手がいいホーロー製の鍋やフライパンが食の風景を彩ったという。

 

そして目に入ったのはボーエ・モーエンセン「シェイカーチェア」

滞在していた学校の部屋にあり、デンマーク・デザインはこんな場所にも潜んでいるのかと感銘を受けた記憶がある。

実はこの椅子はモーエンセンが生活協同組合のために制作したもので、シェイカー教の簡素で実直な暮らしを広く普及させたいという狙いがあったといわれている。

なるほど、だから学校にも使用されていたのか、と9年越しに謎が解けた気分。

 

ダンスク社のキッチンウエアとシェイカーチェアが並ぶ食卓

 

ハンス・ウェグナーは筆者が専門学生だった時に作家研究の対象として選んだ人。また、かの有名な「Yチェア」の製造工程を見学しにカールハンセン&サンの工場にも訪問した事があり、座面のペーパーコードを手作業で張る職人たちの手捌きの良さが脳裏に蘇る。

 

座面の材質のペーパーコードとはそのまま紙紐のこと

 

ウェグナーといえばタペストリーにもなっているジョン・F・ケネディが座っている場面があまりにも有名な「ザ・チェア」の作者でもある。発表当初は酷評されたこの椅子はケネディがテレビの討論会で座った事を発端に人気に火が付き、今ではウェグナーの代表作になっている。

 

 

その次にはフィン・ユールのコーナー。特徴である彫刻のような流れる曲線が美しく、同時に職人の手間と仕事の正確さを感じる。タペストリーの写真は自邸。近くに半年ほどいたのに訪問しなかったのを今更悔やむ。

 

機械だけでは成し得ない曲線

 

そして再びヤコブセンの登場。今回は「エッグチェア」「スワンチェア」が現れて「これぞデニッシュ・デザイン!」という雰囲気。雑誌やウェブ上で北欧デザイン特集が組まれていると、表紙になっている事が多いこれらの椅子。実はコペンハーゲンにあったSASロイヤルホテル(現:ラディソンロイヤルホテル)のためにデザインされたもの。そしてこれらの椅子のみならず、ホテルの設計から内装、カトラリーまで、一貫して手がけた巨匠。

同ホテルではないけれど訪れたヒルトン・コペンハーゲンにはラウンジにエッグチェアがコロコロと何脚も置かれていたのが印象深い。高さが1mを超える椅子をアクセントに用いた空間づくりは、室内の高さと広さがあってのものだけど、安定感と包み込まれているような感覚はずっとそこに座っていたいと思えたなぁ。

 

当時のSASロイヤルホテルもタペストリーに

 

一際目を引くヴァーナー・パントンのコーナー!雑誌やテレビ、インテリアコーディネートの場面でレトロフューチャーな雰囲気を出したい時はよく写真右端の「パントンチェア」を見かける。たまらないミッドセンチュリー感。

 

 

ポール・ヘニングセンの照明はデンマークでは至る所に設置されていてその場に馴染みつつもアクセントとして優しい光を放っている。特に中央右のアーティーチョークは鱗状の傘が複雑に光源を覆っているにもかかわらず全ての角度からその中心を見せる事は無く、設計の緻密さを改めて実感させられる。

そしてその下にはポール・ケアホルムの家具。華奢さをイメージさせるスチールの脚が光を反射させてきれい。

 

このアーティーチョークの重さは25kgにもなるらしい

 

デンマークといえばバングアンドオルフセンのAV機器も忘れられない。当時からスチールのスマートな印象は変わらない。ただ、この当時の一般的なAV機器「靴箱」と言われるぐらい大きくてもったりしていたとの事から、この薄さとシャープさは人々から革新的な存在として見られていたのだろうと想いを馳せる。今使っていても古いとは思わない形、そして素材の扱い方。

 

 


 

そして最後の章・現代へ。レゴはもちろん、フライヤーでもイラスト化されているカイ・ボイスンの木製の猿やデンマークらしく自転車まで、現在でも合理的ながらどこか優しさが滲み出る、人間が真ん中にある北欧デザイン。その一角の人気が衰えないのは皆さんご存知の通り。

 

 


 

最後はウェグナー作の5脚の椅子に座れるコーナーもある。実際に名作椅子に触れて確かめられるいい機会。このコーナーは写真もOK。

 

 

同時開催中のゆめかわいい展示の世界観も見逃せない

 

ちょっと同時開催中の中谷ミチコ「その小さな宇宙に立つ人」展にも寄り道。

こちらは感性の空間に身を投げ入れられる事ができてデザインの世界とは全く違う心の部分を動かすことができる。いつもは柳原義達作品が並ぶギャラリースペースの雰囲気とは違い、ふわっと、コットンのような空気感が漂う。

 

中心には柳原義達の「犬の唄」に直面する白い犬

 

雌型の石膏の中を着彩し、透明樹脂をその上から流し込む技法も真新しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石膏の白と水彩絵の具の色合いを纏った女の子や動物たちはゆめかわいい雰囲気を作り出している。

 

 

反対側の黒の空間は中谷さんの初期作品。以前は板状の石膏に凹みをつくり、そこに色の着いた樹脂を流し込んでいる。

 

柳原義達の鴉の群れもおり、両氏が共作しているかのよう

 

じっくり、2つの展示に浸りながら約2時間の贅沢な時間が過ごせた。

 

「普通の暮らし」の中にあるデンマーク・デザイン

 

話は戻りデンマーク・デザインの何が素晴らしいのかというのを観覧中に考えていた。それは正しく仕事をしているのが評価され、暮らしの中で普通に使われている部分だと自分では思っている。

 

値が張りがちなデザイナーズ家具の裏側にはもちろんファストファッションブランドの店(スェーデンのブランド・H&Mがどの街にもある)や100円均一のような店(Tiger Copenhagenはその代表)はあり、人気もある。

けれども行政が管轄する公的施設や教育の場面に自国の物作りを大切にし、活用しようとする気持ちが見える。

 

滞在していた学校にも何気なくポール・ヘニングセンのランプが

 

また、とある友人と話していてデンマーク人はなぜ母語ではない英語が上手いのか、という話題になった時に「デンマークは小さな国だから。世界的な共通言語を話せないと仕事にも支障が出るし」と話したが、同時に「でもデンマーク語も守っていかないと、人口も少ないしすぐに消えちゃうかもしれないから笑」と冗談交じりに言ったのが印象的だった。

 

きっと社会全体が言葉だけではなく、文化や歴史を大切にし、息をするぐらい当たり前の感覚で自国の文化を身近に置き、それが幼い頃から普通になっているのだろうと感じる。

他の良いところは受け入れ、だからといって他国ばかり賞賛することもせず、中庸的な感覚のもと自分たちのアイデンティティを讃える、それがデンマークという国だと今思う。

 

実際、ハンス・ウェグナーは中国の様式の影響を受けたりフィン・ユールはエジプトの椅子から着想を得たりしているが、そのような歴史からも多様な文化を取り入れ、自国の技や人の暮らしに見合う形を見いだした、そのバランス感覚が最も賞賛されるべき部分ではないかと感じている。

 

ならば私たちだってデンマーク・デザインの良いところを見出し、日本のものづくりに生かすためのヒントを得る。自分たちなりの手法を自国他国問わず歴史から見出せばいいんじゃないか、なんて思っている。

 

ぐるぐる考えているとちょっとまた行きたくなってきたな。次はいつ、あの小さくて時の流れが少し緩やかな国に行こうか、と考えるキッカケをもらった時間だった。

 


 

三重県立美術館

 

住所:三重県津市大谷町11番地

TEL  :059-227-2100(代表)

ホームページ:http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/index.shtm

Twitter:https://twitter.com/mie_kenbi

 

※「デンマーク・デザイン」展の会期は9月1日(日)まで

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/000227083.htm

※中谷ミチコ「その小さな宇宙に立つ人」会期は9月29日(日)まで

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/art-museum/000226723.htm

 

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