—何かに突き動かされている感じ。
不思議なもので、人は虹に出会うと元気になる。
何となく、いいことがありそうな気がする。
虹の色は赤から紫まで、すべての色相の幅を持つ。
虹はまるで、人間の夢を表しているみたいだ。
私は以前に「虹の泉」という、陶芸空間があることを知人に教えていただいた。
以来、ずっと気になっていた。
そして1月のある日、とてつもなく、そこへ行きたくなった。
「今なんじゃないか」
理由はうまく言葉にできない。
何かに突き動かされている感じだった。
普段、何か理由がないと行動しない私だが、理由らしき理由もないままに向かうことにした。
そして嬉しい現象が、待っていてくれたのだった。
—雲の上は、どんな世界なのだろう。
津市の自宅から出発して、山間にある松阪市飯高町へ向かう。
緑が深くなり、ときおり見せる美しい川が心を和ませてくれる。
事前情報で、虹の泉は雲の上の世界を表現していると聞いた。
ハンドルを握りながら思った。
雲の上かぁー・・。
幼いとき、絵本や童話で想像した雲の上の世界。
また、私は早くに祖父を亡くし
「雲の上から見とるから」
と、母に言われたことを思い出していた。
そんなことを考えながら、約1時間半のドライブ。
「目的地周辺です」
と、ナビが知らせる。
目に飛び込んできたのは、光が反射している明るい空間。
数秒間、視線がとらえた情報が、これが何なのか、脳が判断できていない感じ。
しかし、ものすごいものを目の前にしているのは、確かだった。
—人は虹に出会うと元気になる
入口に設置されている説明を読み、歩いてすぐのところでチケットを買った。
虹の泉の入口で、方言のない言葉で会話していた、4名ほどの若いグループとすれ違った。
そして虹の泉には、私以外だれもいなくなった。
虹の泉の敷地は、約5,600平方メートル。
その空間は一つひとつが、陶芸でできている。
目線を下げると、キラキラと光を反射しているモザイク作りの床。
まるで波に反射する光のようだ。
モコモコとした白い陶芸は、雲だろう。
無邪気に遊ぶ子どものように、表情が豊かな天使たち。
ミューズの丘に立つ、ギリシャ神話に出てくる音楽や舞踏の神々。
人像樹の森や、勝利者の丘。
それらが大陶壁・翼壁の方を向いている。
雲上の椅子から、虹の泉全体を眺める。
一人の人間が持つ熱量が伝わってくる。
そしてそれは、光とともに私の中に入ってきて、元気をくれた。
なるほど。虹の泉ってそういうことか。
いまこうして、私は虹の中で、虹を浴びている感覚になった。
人は虹に出会うと元気になるのだ。
—構想から、約半世紀。
掲載の許可を取るためにチケット売場の方にお尋ねしたところ、奥様を紹介された。
パンフレットによると、作者である東健次さんは、残念ながら2013年に他界されていた。
奥様に電話でお話しを聞かせていただいた。
虹の泉は、世界の平和や家族を想う心など、普遍的な願いが込められているとのことだった。
僭越ながら、虹の泉の作者、東健次さんについて、頂いたパンフレットを要約したいと思う。
東健次さん(1938年〜2013年)は飯南町で育つ。全国現代陶芸展(主催:朝日新聞)入選、日展入選。セイロン、エジプトなどを旅する。1965年に青年海外協力隊として海外任務の傍ら、虹の泉の構想を練る。アルゼンチンに移住して窯を構えたスタジオを造る。1978年に帰国し、アトリエと窯を築き、虹の泉の創作がこの地で始まる。
1965年、虹の泉の構想から、2013年まで約半世紀。
一人の人間が魂を削り、想いを込めて創り続けた陶芸空間。
これからも、作者の想いとともに光り輝き続けて欲しい。
そして人々の心に虹をとどけ、多くの人を元気にして欲しいと願う。
ワタクシゴトで恐縮だが、虹の泉に訪れて以来、日常の中で何気なく、虹を探すようになった。
虹を探すことは、視線を下げずに上げることでもある。
取材から数日後。
会社の窓から外を眺めていた。
・・・あ!
人は虹に出会うと元気になる。
—おまけの話
この記事を書いていて、撮影した写真を選んでいた。
あれ!?
虹のフレアが、大陶壁の虹から顔を出していた。
おもわず、ニヤリ。
そう、人は虹に出会うと元気になるのだ。
陶芸空間 虹の泉
三重県松阪市飯高町波瀬(国道166号線沿い)
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村山祐介。OTONAMIE代表。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事