ホーム 04【知る】 仮面ライダー 憲太郎 参上!!【三重大生インタビュー #1】

仮面ライダー 憲太郎 参上!!【三重大生インタビュー #1】

シェア

今年から始まります!新連載、三重大生インタビュー!!
第一回目のゲストは、学内のイベントで知り合った後輩です。

今後は、ゲストにゲストを紹介してもらう「いいとも形式」を採用して、月に一本は記事にしていけたらと思っています。

記念すべき、第一回目をどうぞ!!

■ヒマラヤ登頂

志賀 憲太郎。三重大学2年。
彼は、地球上で最も標高の高いヒマラヤ山脈に挑戦している。

彼は、この登山でどんな想いを馳せたのだろうか。

後に彼は、この登山で人生観が変わったと振り返る。
大自然に囲まれ、過酷な山道をゆく。誰も助けてくれない。自分の足で進むしかない。

そんな中、ただただ自分と向き合うしかなかった。

自分は何者なのか。

■大学って楽しい

志賀憲太郎。22歳。
3人兄弟の長男として、福島県で生まれ育った。

高校生活は、ごく普通の学生だったが、
周りと異なっていたのは、大学への期待値だろうか。

憲太郎は、特別、大学という地に強い憧れを抱いていた

なぜなら大学情報を調べれば調べるほど、大学でこんなことを学んでいきたい!こんな活動をしたい!と期待が膨らんでいったからだ。

また大学に進学した先輩たちのSNSは、サークルやキャンプ、海外旅行、楽しそうな投稿が並ぶ。

「自分も早く大学生になりたい!」

彼は、一年予備校で浪人時代を経て、辛かったと振り返る受験勉強に耐え抜き、見事、都内の志望大学に合格する。

福島という土地を離れ、ひとり上京した。

大学では、経営学を学んだ。
授業はまじめに取り組み、学びから好奇心が満たされていく実感を得る。授業の後は、サークル、バイトに明け暮れ、休みの時は友達と遊び、旅にも出かけた。

「大学って楽しい」

■大学の理想と現実

そう思えるはずだった。
憲太郎は、大学1年生の後期に、突然の鬱屈感に苛まれる。

無意味。
毎日が無意味に過ぎていくような気がしていたという。
なんでこんなことしているのか、突然楽しくなくなってしまったのだ。

都会の騒がしさは、憲太郎の思考の邪魔をするには十分すぎるくらいだった。

自分でもなにがきっかけかわからない、ほんとうに何も手がつかなくなったと語る。

何しても夢中になれなかった憲太郎が、現状打破のために見つけた突破口は、「転校」だった。

都心を離れて、自分を見直したい。気持ちを落ち着けたい。
そう振り返ったとき、三重大学 受験という一縷の望みを見つけた。

もう二度と受験勉強はしたくないと誰しもが思うだろう。
しかし、憲太郎にとって受験勉強は、自分を救う唯一の救いの手段になるかもしれなかった。

彼は、関東の大学を一年で自主退学

三重大学へ再チャレンジすると決めたとき、自分の専門選びに苦心する。
都内の大学では経営学を学んだが、どうだっただろうか?
その学問にワクワクしたか?知的好奇心は満たされたか?
自分に問いかける。

大学で学びたいことはなにか?

答えは文系科目ではなく、理系科目だった。

その影響には、高校時代にお世話になった数学教師H先生がいる。

彼の授業は一際面白かった。数学の魅力を教えてもらったといっても過言ではない。
数学でみる世界は、憲太郎に新たな価値観を与えた。

その出会いは、彼の進路に多く影響した。
当初文系だった憲太郎は、理系への道を歩むことにした。

その決断は、誰もが驚き、心配されもしたが、H先生は多いに歓迎してくれた。
憲太郎は、その後押しもあって、理系という新たな挑戦をすることになる。

理転という決断は、相当厳しいものだったが、三重大学工学部に合格。
2つ目の大学で、2回目の1年生となった。

憲太郎は、数年前の自分を思い出す。
大学に求めすぎ、期待をしすぎた過去。

「俺は、大学に何もかも求めすぎていたんじゃないか?」
自分の道は、自分で切り開くべきだろう!!

彼は過去の反省から、彼は大学生活を全うしながら、学外に積極的に足を運ぶようになった。
他大学でのイベント、海外旅行、地域のボランティア。

学外で得た学びも大きく、憲太郎の価値観を非常に豊かにする。

振り返る。
もう一度やり直しをさせてくれた、家族、先生、友人に、本当に感謝している。僕は幸せです。」

インタビューの際、僕は彼の「決断力」に驚いた。
おそらく、これまで述べてきた決断には多くの葛藤があったはずだ。

内からくる迷い、外からの苦言。楽な決断ではなかったと思う。

しかし、彼は「自分の決断に後悔はない。決断したことがすべて正しいからと自分に言い聞かせています」と言う。

今後社会に出来ていくうえで、憲太郎がどのような決断をするのか、非常に気になった。

「将来の夢は?」と唐突に聞くと、彼は即答する。

仮面ライダーです。

耳を疑ったが、彼の表情に冗談を言っている素振りはない。

詳しく聞くと、特に特撮ヒーローが好きなわけでもないらしい。
けれど、昔好きだった仮面ライダーは、大学生になって、やっと存在の大きさを知ったという。

「正直、僕らがいま入ろうとしている企業が10年後あるかどうかわからないじゃないですか。そんな中で、僕が大学に期待したように、企業や職種に期待するのは危険だなって」

僕は個人のスキルを磨いて、誰も想像がつかない、新しい価値を生み出す人財になりたいなと、最近よく考えるんです。」

「仮面ライダーは例えですが、それくらい夢とファンタジーにあふれた仕事をしたいですね。」

■ヒマラヤが示した存在証明

彼がヒマラヤに挑戦した時期は、2019年12月31日。大晦日だった。

挑戦のきっかけは、いくつかの偶然が重なっただけ。
しかし、憲太郎は、このチャンスを逃すまいと、即決してネパールへ渡航を決めた。

憲太郎にとっては、ヒマラヤが初めての登山。

なんで自分はこんなことしているんだ。
御在所とか登ってから、ここに来ればよかった。
帰りたい。

憲太郎の疲労はピークに達していた。
思考も停止し、自分のことを考える余裕もなかった。
ただただ、右足、左足を交互にだす運動を繰り返していた。

2020年元旦。

彼は、ヒマラヤ山脈に登頂した。
登頂を終えたあとの、爽快さは言葉に表せない。
疲れなど、一気に吹き飛んだ。素晴らしい眺めだ。

自分はなんて小さいことを考えていたんだろうか。
自分が何者なのか、自分の行動に意味はあるのか、本当にどうでもよくなった。

自分は今の自分のできることをやればいい
そして、今まで誰も想像できないような夢あふれる仕事がしたい。
小さいころの見た仮面ライダーのように、困っている人に手を差し伸べる。多くの人に夢と希望を与えたいそんな人間になりたい。

それだけでいい

彼の2020年は、ここから始まった。
ちなみに、この記事が公開される頃、彼はマレーシアに留学している。彼の挑戦は、いまマレーシアで行われている。

無事の帰国を祈るとともに、新たな憲太郎の姿を見れることを楽しみにしている。

ちなみに憲太郎は、otonamieの学生記者でもある。
彼の人柄がわかる記事、こちらもご一読いただきたい。

記事:横綱顔負け!波乱万丈の人生を送る女将が営む、金色スープのちゃんこ鍋。
Facebook:https://www.facebook.com/kentarou.siga
Twitter:https://twitter.com/sugarless_cane

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で