ホーム 00Otona Act 地域課題 日本の末端にある未来。地域を創る突破者たちを追った@キリンビール三重トレセンFW

日本の末端にある未来。地域を創る突破者たちを追った@キリンビール三重トレセンFW

シェア

私たちは今、時代の分岐点にいる。
明治維新のときのように、と書くと大げさだろうか。
時が経てば、きっと歴史がそれを証明してくれるだろう。

ICT・IoT技術の発達、シェアリングエコノミーという概念、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)、そして地方創生時代。
何かが変わる。いや、変化はすでに起きていた。

今、地域がつながり、盛り上がりを見せている。
今回紹介する人の中から、未来の教科書に載る人が出るのかも知れない。
そんな熱い地域の人、また全国から熱い人が集った。
彼ら彼女らの燃えるような熱量はどこからきているのか。
今回はそこに迫りたいと思う。

話は変わるが、最近あなたは何かに「惚れて」いますか?

 

通称トレセン

キリンビールの特別協賛プログラム「地域創生トレーニングセンタープロジェクト」、通称トレセンが三重で開催された。

県外から延べ40名以上、県内から延べ50名以上が参加し、2泊3日で県内の一次産業などの先進的事例をフィールドワーク。
また連日にわたりPechaKucha(プレゼン)を行い、知識を共有。
講義なども行われる学びの場でもある。
県内外の地域プロデューサー、県内のプレイヤーなどは先進的一次産業者や業界にイノベーションを起こしている若手経営者、また大学教授など様々。
行政関係者もサポートメンバーに加わるなど、まさに産学官が一帯となった取り組みだ。

 

史上最年少、農林水産省天皇杯受賞者は鳥羽の養殖漁師さん。

始まりは鳥羽市浦村から。

皆さんは、テレビや雑誌で牡蠣小屋(牡蠣の食べ放題)をみたことはあるだろうか。
また最近、メディアでも注目されている海藻、アカモクをご存知だろうか。

漁船で颯爽と登場した男。

若干39歳の彼が、その開発者であり仕掛け人である。

関係者から「大輔節」ともいわれる話術で、参加者から笑いを取る。
そんな軽快なトークを繰り出す浅尾大輔氏。
大阪からの移住者で、養殖漁業界に様々なイノベーションを起こし続けている。
先に書いた牡蠣小屋、アカモクを始め、牡蠣養殖やアサリ養殖などを行っている。

アサリと聞くと砂浜を想像するが、浅尾氏は浜ではない海で牡蠣殻を粉砕したケアシェル使った養殖に成功した。
その功績は史上最年少で農林水産省天皇杯を受賞することとなった。

浅尾氏:最初はポンコツ。牡蠣小屋も利益が出たら屋根を作る感じだった。海に惚れたから養殖漁業をやっています。あ、あさりは勝手に取れるんです(笑)。

と、参加者の笑いを誘う。
大輔節が浦村の海に明るく響く。

浅尾氏:米も作ってます。なんでも作っちゃう(笑)

なんでも作る浅尾氏は、新しい時代をも創っている。

その後、志摩市のともやま展望台に移動し、リアス式海岸を視察してから創業明治40年の久政へ。

 

2019年に映画(稲垣吾郎主演)にもなる、志摩地方の備長炭。

リアス式海岸では、鰹節を作る際に使用する、ウバメガシ(備長炭となる)が自生。
カツオ漁が盛んな志摩地方では、鰹節屋が多く存在していた。
しかし昭和30年までに200軒あった鰹節屋は、今や4軒に。

その内の1軒である久政では、昔ながらの幻の製法、手火山式乾燥方式を復活させた。

「鰹節作りは日本からなくなってはいけない」
そう語るのは5代目の橋爪政吉氏。
手作業で手間も時間も掛かる手火山式乾燥方式をあえて行うのは、日本の旨味を守るためだという。
今、海外でブレイクしている和食。

そういった観点からも、和の味の基礎となる鰹節は大切だと思う。

変わることの勇気とフットワーク、守ることの大切さ。
相容れぬことのように感じていたがどちらも大切で、そこには共通した何かがある。
久政を後にして、志摩市のあづり浜で浅尾氏などがプロデュースするCloud 1 Dining 縁 〜えにし〜へ向かった。

 

俺の人生、リアス式。

地元三重の食をいただきながら、三重の先進的一次産業者や大学教授などのPechaKucha(プレゼン)。

沖縄の地域プロデューサー。シンガポールやアジアへ鮮魚を輸出。
京都の地域プロデューサーとその仲間。老舗のお酢屋5代目で飲食業も手がける。
群馬の地域プロデューサー。仲間と合資会社を立ち上げ、昼はシェアオフィスやシェアスーペース、夜は手ぶらでBBQが楽しめる飲食施設を展開。

また、全国から集まった地域プロデューサーの紹介など「つながる」交流が行われた。
今回のコンセプトは「つながり」。

それぞれの地域で想いを持って行動している者同士、つながるのに長い時間は必要ないと感じた。

「俺の人生、リアス式!」
南伊勢の漁師さんがプレゼンでそう語ると

会場は沸いた。
くねくねと曲がりくねった人生という道を歩き、海外を旅して、生まれた場所に帰ってきた漁師さん。
そんな道のりは、直線にすると長いという。

「小さいころあまり学校にいかない子で、学校にいかないなら仕事をしろと何万匹もの魚をさばき、魚を見るのが嫌になって都市部そして海外へ留学した」
と語る漁師の息子さんは今、生まれ育った漁師町(紀北町)でWEB制作会社を経営している。

また、地元の魚をつかった離乳食も手がけるなど、活動のフィールドも多彩だ。

きっと、くよくよと悩んでいるより、やってしまった方がいい。
今日という時間を一緒に過ごした人達は、そうやって一歩を踏み出し、何かを突破してきた突破者達だ。

あづり浜に、私たち以外に人影はなかった。
そんな夜、私は何かから開放された気がした。

 

来客予測AIで売上2倍の食堂へ

翌日は朝から伊勢神宮内宮を正式参拝。

その後、内宮参道である、おはらい町にある食堂兼土産物屋ゑびやを視察。
店の売上を2倍に延ばしたという若旦那を訪ねた。

ゑびやの若旦那、小田島春樹氏。
IT技術を駆使して、来客予測AIを開発し、予測的中率90%超というイノベーションを起こした。
廃棄となる食材も減り、生産者さんから高く食材を買うことができるという。

小田島氏:主人公は現場で働く人。AIだけじゃ何もできません。

できるだけここで働く人に高い給料を払いたい、と語る小田島氏。
見た目は、いまどきの若者。
33歳という若さでの偉業に驚かされる。
老舗ベンチャーの最前線を走る一人として、全国からの注目が高まっている。

小田島氏:私たちのような小さな商売に、テクノロジー系の会社は相手をしてくれません。

自分達で開発した独自のシステムを商品に、次のベンチャーを手がけている。
丁寧にデータを集め、それを独自のシステムで活用し、結果を残す。

私たちが想像するより、今という時代には、すでに未来がやってきている。

悲観的になることはない。
きっと世界は良い方向に進んで行く、とさえ思えてきた。
続いてもう一人、伊勢のイノベーターを訪ねた。

 

世界が認めたクラフトビールが伊勢に。

二軒茶屋餅角屋本店、21代目当主、鈴木成宗氏。
伊勢角屋麦酒の社長も行っていて、同社のクラフトビールは世界最高峰のビール品評会であるIBAで金賞も受賞している。

鈴木氏:伊勢から世界へ。伊勢の名前を付けた以上、伊勢を汚したくない。

老舗、そして地域を背負うということ。
5年で世界一を目指し、6年目で世界一を実現した鈴木氏。

建設中の新工場を視察。

ビール全体の市場のわずか1%しかないクラフトビール業界の底上げ活動も行うという。
それは、確実な努力で成果を積み上げるという、老舗の成せる技のひとつだと感じた。

昨日からの取材で、すでにメモ帳と私の頭はパンク寸前。
そんなふらつく思考回路をビシっと正してくれたのは、次に伺った未来の農園。
今回、三重の地域プロデューサーとして取り仕切り役、そして世界を相手にする農業者、浅井雄一郎氏の話を聞きに行った。

 

俺の人生、垂下式。

農業は儲からない。
農業の担い手はいない。

そんな農業に「待った」をかける浅井氏。

このミニトマト、見たいことがある人も多いのではないでしょうか。

浅井氏:農業で日本の未来を変えられると信じています。

・辻製油、浅井農園、三井物産、イノチオアグリとジョイントベンチャー(うれし野アグリ株式会社)で、工場の余熱などを再利用するハイブリッドファームを展開。
・化石燃料0%を実現。
・ITによる生産管理。
・北海道から沖縄まで、小売店で販売。
・200名以上を雇用。
などなど、そんな枕詞がいくつもつく、浅井農園の5代目である浅井氏。
創業明治40年の老舗は公共施設やゴルフ場などで使われる、サツキツツジの生産を行っていた。
しかし時代は変わる。
丁度創業100周年を迎えた年に、家業に入った浅井氏。

浅井氏:家業が傾きかけていて、背水の陣とでもいいましょうか・・。

なんとかしなければいけない状況で、前職で出会ったトマトが思い浮かんだ。

浅井氏:実は私、そのトマトを食べるまで、トマトが苦手で食べれなかったんです(笑)。

トマト生産に乗り出し、三重大の大学院でトマトの品種改良を研究。
博士号を取得。

浅井氏:当時、何の信用もなかったトマト農家でした。

イノベーションを起こせるビジョンはあったが、資金的に厳しい。
大学や行政に相談。
そして、辻製油などとのジョイントベンチャーが始まった。

浅井氏:常に現場を科学する、ということを意識しています。

スタッフには「農家ではない、科学者なんだ」と教えるという。
世界中からの視察やインターンの受け入れ、また浅井氏も海外での先進的一次産業者の研修にも参加するなど、世界を飛び回る。

浅井氏:俺の人生、垂下式(笑)。

垂下式にたわわに実ったミニトマトは、世界を変えるかも知れない。
続いて今夜の宿である、津市美杉町に向かった。

 

秘境をまるっと観光地化

山間にある美杉町。

過疎化が進むこの町に、県内でのインバウド観光客数No1の美杉リゾートというホテルがある。
忍者で有名な、おとなり伊賀市と組むなど、インバウンド効果を上げている。

4代目の中川雄貴氏はクラフトビールの製造販売や、ビール風呂などユニークな展開もしている。

中川氏:ここのホテルが美杉全体のフロントのイメージです。

秘境美杉というものを、まるっと観光地化してしまおうというプロジェクトも始まっている。
それがINAKA TOURISMだ。

中山間地域のありままの暮らしをツーリズムとつなぐ、をテーマに美杉の自然、歴史、人など観光資源化している。
ホテル経営者だが、農家民泊も案内していると聞き、取り組みへの本気度が垣間見える。
最近、海外から日本の田舎やそこにある文化への関心が高まっていると聞いたことがある。
地域の若手リーダーである中川氏は、ごろっと田舎の価値を変換し続けている。
三重大学副学長、西村訓弘先生を講師に迎え、ここからは講義の時間。

 

自身を持つべきなんです。

三重大学地域戦略センター長、三重大学社会連携研究室長の西村先生。
私の足りてない脳みそで、先生の話が理解できるの不安であったが、とてもわかりやすい内容だった。

西村先生:大阪万博なんです。

意外な言葉に驚いた。
経済のお話し。
実は企業などがお金をため込んでしまっていること。
それを打破する何かが足りないこと。
それが、1970年の大阪万博の存在にヒントがあるという。
1964年の東京オリンピックで、インフラ整備。
その後の大阪万博。
岡本太郎の太陽の塔、そして「芸術は爆発だ」の勢いづいた時代の空気。

西村先生:大阪万博はそういった意識付けだったとすると・・

そう、2020年の東京オリンピックの話とリンクする。

西村先生:自信を持つべきなんです。そして日本の末端からやるんです。

地域創生の本質。
それはまず空気を変えることなのかも知れない。
一人だと精神的にキツかったり、力不足だったりする。
しかし、つながることで、できることがある。
そのつながりが楽しければ、きっと明るい空気に変わる。

講義は途中、プロジェクターがご機嫌斜めで止まったりもしたが、誰一人文句をいう人はいなかった。

講義終了後、山の幸やクラフトビールを頂いた。
その後は前日同様、PechaKucha(プレゼン)。
楽しい夜はFIFAワールドカップ「日本×ポーランド戦」にて終了。
サッカーにうとい私は、その勝敗より2日間の刺激に興奮していた。

 

世界を救うのは一次産業だと思う。

最終日はTVドラマ高校生レストランにもなった、相可高校まごの店へ。
まごの店の仕掛け人でもある、岸川政之さんを講師に迎えた講義。

多気町の職員であった岸川先生が、まごの店を実現するまでのお話し。
ここで書いていいのか悪いのか、そんな秘密のお話しまで聞かせていただたいた。

岸川先生:世界を救うのは一次産業だと思う。

元々、一次産業が大好きだった岸川先生。
ことの始まりは、農家と高校生を繋ぐことだった。
どにかく奔走。仕事外でもなんでもやったという岸川先生。
そんななか、高校生がまちの人に一生懸命にプレゼンをする姿を見た。

岸川先生:生徒を見ていたら、泣きそうになりました。

その後、行政が高校でレストランを開くという前代未聞の取り組みである、まごの店実現に向け、厳しい道を駆け抜ける。

岸川先生:いろんな困難がありました。でも、こけるごとに上手くいきました。

そしてまごの店がオープン。
いつしか行列ができる店に。
そして卒業生は、次々と食に関する仕事に就いた。

岸川先生:嬉しいです。卒業生の店をまわれるようになって。

今、岸川先生が取り組みを強化しているのが、SBP(ソーシャルビジネスプロジェクト)。
SBPの詳細についてはこちらをご参照いただきたい。

 

惚れてる系が日本を救う

講義が終わり、いよいよ参加者全員による会議。
三重プレイヤーが前に座り、参加者とディスカッション。

テーマは「つながりの次」。
県外から参加した方の、三重フィールドワークの感想が印象的だった。

県外から参加者:三重のみんな見てて、なんか仕事に「惚れてる」なと。地域に「惚れてる」なと。

確かにみんな何かに惚れている。
というか、惚れていないとそこまでできない、熱量というものがある。

冒頭に書いた、今回参加した彼ら彼女らの燃えるような熱量は「惚れている」ことからきている。
仕事や地域に惚れて、何かに惚れている人が繋がって、誰かに惚れられる空気をつくる。

そして、そんな「惚れてる系」の和が、空気が、全国の地域と繋がっていけば、日本は変わるのかも知れない。

 

惚れる。
そんな人間臭い感情が、現代に求められているのかも知れない。

 

そして何かに惚れる人がいる、日本の末端とされてきた地方は今、じわじわと熱を帯び始め、「つながる」の次のステップに踏み出そうとしている。

 

 

yusuke.murayama

村山祐介。OTONAMIE代表。OTONA MASTER。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

Twitter で