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∥∥三重軸の彼女∥∥1260年以上続く祭で初の女性頭屋を務めた松岡佑美さん(伊賀市在住)

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洗濯物を干していた。

日差しはいよいよ明るく柔らかく、本格的な春の訪れを思わせる。

ぶら下がった靴下やシャツは、1ヶ月前のそれらより鮮やかな色を見せる。

多分、あの日、彼女と叫んだ声は神様に届いたのだろう。こんなに和やかな時がここにあるのだから。

 


 

松岡佑美さん、伊賀市島ヶ原にある観菩提寺(正月堂)で1260年続く祭「修正会(しゅしょうえ)」で今年初めて女性頭屋(とうや)を務めた。三重県の西の端、伊賀市島ヶ原地区(旧島ヶ原村)出身、山育ちの彼女だ。

まず、祭のことに触れておきたい。

起源は桓武天皇の時代、奈良東大寺の別院として建立されたといわれる同寺。そこで1260年以上前から春を呼ぶ行事として伊賀に伝えられてきた正月堂修正会(しゅしょうえ)。

国家の安泰、万民の豊楽を祈願する奈良東大寺の修二会(しゅにえ)に先駆けて毎年2月に開催され、昭和29年に県の無形文化財にも指定されている。

五穀豊穣と厄除を願う伝統の祭・修正会だが、個性的な進物や儀式が際立ち当日の空気感は地区全体が神様の庭になったかのようになる。

しかし伝統の祭とて近年は中山間地域の人口減少の波に煽られていた。修正会は旧島ヶ原村内の各所から「講」という集団を作り、それぞれが正月堂に練り込むのが1番の見所。だが年々減少の一途を辿り、講は一時期2つにまで減った。

そこで伝統を絶やすまいと立ち上がったのは地域の方々。その結果今では7つにまで講の数は回復した。

そして7番目の講、即ち一番新しいそれが松岡さんが今回頭屋として率いた「蜜ノ木講」なのである。

 

当日は昼食を参加メンバーで食べたあと、練りに出る、という日程。

参加者は20〜30代ぐらいだろうか、若者が多い。そしてアメリカ、ブラジル、アイルランド、南アフリカ出身参加者も居るなど、国際色も豊か。

松岡さんは以前ワーキングホリデーでアイルランドに滞在しており、その頃からの友人や、地元周辺の繋がりで近しくなった人たちとの事。

もちろん地元在住者も多く参加しており、松岡さんと幼馴染だという男性からは「昔から少し変わった視点を持った子でしたね」という言葉もいただいた。


総勢34名の指揮を執る松岡さんに5つの心に留めている事を書き出してもらった。

1.集中力に身をゆだねる

「例えば図書館や美術館、集中力が集まる場所が好きなんですよね」

と切り出した松岡さん。

「自分が集中している時間に陥るのが心地よくて、その瞬間に素直に身をゆだねるようにしています」とのこと。

また、音楽活動も長く続けている彼女。「一生集中力を注ぎ続けるでしょうね」と笑う。

 

2.ワークに誇りを持つ

「もともとは自信がなくて。だからこそ自分のやっていることには誇りを持つように心がけています」

出会ったときから雰囲気があり、これだ、と感じたことに迷いなく進んでいるように見える彼女。しかしそれが揺らぐ時もあるのだとか。

「ボランティアでも、そうでないときも。あなたに任せたいと言っていただけたとこに感謝して取り組んでいます」と胸を張る。

 

3.言葉に愛でる

「言葉が好きで。きれいな言葉を使う人にあこがれています。」

幼い頃から詩なども書き記す松岡さん。「文字は文化、じゃないですか。日本語の柔らかく美しい響きが好きですけど、他の言語もそれぞれに良さがあって、自分の中に採集していくのが好きですね」と話す。

彼女の、多くはないけれど確実な言葉選びから伺える信念だ。

 

4.ずっとときめきたい

「好きなものに対して時間を使っていきたい。ワクワクに正直にいるようにしています。」という言葉も。1日のすべての時間を好きなことにできるだけ費やすという。

「行きたい場所には行く、やりたいことはやる、できるだけ全て、と心掛けています」

 

5.身軽く根深く縁を結う

「今年30歳になりますが、縁で作られた日々だと感じています。」

みえ災害ボランティア支援センターで勤務していた彼女。その際は足しげく岩手県山田町へ通い、東日本大震災に見舞われた方々と共に少しでも前に進むようにと力を尽くし、センター解散後の今でも親交を深める。また前途の通り出向いたワーキングホリデー。その時の繋がりが今日という日の出来事をつくっている。

松岡さんが同センターに勤務していた時期に災害ボランティアに参加した筆者も知り合ってかれこれ5年が経つが、その後も連絡を取り合ったり、折りをみて会食をしたりしている。結われた縁は今でもお互いの中にあり続ける。

「また会って、感謝を返して。うまく縁をつないで行けたら幸せですね」と、控えめながらもしなやかに強い姿勢を見せる。

 

また、タイトルにある「living for TODAY」については、

「いつ死んでもいい、という風に今日一日、一瞬一瞬を最高値で生き抜きたいんです。」という言葉を晴れやかな笑顔とともに語る。


さて、そんな松岡さんがしばし心を傾け続ける祭はメインイベント、地区内の練りに繰り出す。

当日は雪。聞くところによると天候が良い年は少なく、いつも何かしら天からの贈り物が落ちてくるらしい。

掛け声である「エトー」を繰り返し大声で発しながら列をなす蜜ノ木講の一同。進物は順繰りに交代し、皆が神に触れられるように、という計らいのもと正月堂へはこばれる。

いよいよ正月堂は目前。他の講が儀式を終えるまでしばし待機。皆のボルテージも上がる。

蜜ノ木講が正月堂へなだれ込む番。松岡さんに続き、女性が先陣を切って本堂へとずんずん進む。

本堂の中では皆揉みくちゃ。

最後は伝統の数え歌を合唱、といっても分からない箇所はごまかしつつ、皆韻を踏んで地元の仲間たちに合わせて叫ぶ。

あっという間に時は過ぎ、進物を備えた頃には皆島ヶ原は我が地元かの感覚に陥っていた模様。少なくとも筆者はそう感じた。

そして無事大役を果たした彼女の方に目を向けると、そこには安堵の笑みを浮かべる松岡さんの姿が。ここまで何年かかけて新しい歴史の種を芽吹かせる準備をし、見事それを実現させた。松岡さんはこれからも、悔いなき日々を彼女らしく実現させていくに違いない。

 

hiromi

hiromi。OTONAMIE公式記者。三重の結構な田舎生まれ、三重で一番都会辺り在住。デンマークに滞在していた事があるため北欧情報を与えてやるとややテンションが上がり気味になる美術の先生。得意ジャンルは田舎・グルメ・国際交流・アート・クラフト・デザイン・教育。

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