ホーム 02【遊びに行く】 構想から約半世紀。一人の人間が創り続けた陶芸空間、虹の泉。

構想から約半世紀。一人の人間が創り続けた陶芸空間、虹の泉。

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—何かに突き動かされている感じ。

不思議なもので、人は虹に出会うと元気になる。
何となく、いいことがありそうな気がする。
虹の色は赤から紫まで、すべての色相の幅を持つ。
虹はまるで、人間の夢を表しているみたいだ。

私は以前に「虹の泉」という、陶芸空間があることを知人に教えていただいた。
以来、ずっと気になっていた。

そして1月のある日、とてつもなく、そこへ行きたくなった。
「今なんじゃないか」
理由はうまく言葉にできない。
何かに突き動かされている感じだった。

普段、何か理由がないと行動しない私だが、理由らしき理由もないままに向かうことにした。
そして嬉しい現象が、待っていてくれたのだった。

 

—雲の上は、どんな世界なのだろう。

津市の自宅から出発して、山間にある松阪市飯高町へ向かう。

緑が深くなり、ときおり見せる美しい川が心を和ませてくれる。

事前情報で、虹の泉は雲の上の世界を表現していると聞いた。
ハンドルを握りながら思った。
雲の上かぁー・・。

幼いとき、絵本や童話で想像した雲の上の世界。
また、私は早くに祖父を亡くし
「雲の上から見とるから」
と、母に言われたことを思い出していた。
そんなことを考えながら、約1時間半のドライブ。
「目的地周辺です」
と、ナビが知らせる。
目に飛び込んできたのは、光が反射している明るい空間。
数秒間、視線がとらえた情報が、これが何なのか、脳が判断できていない感じ。
しかし、ものすごいものを目の前にしているのは、確かだった。

 

—人は虹に出会うと元気になる

入口に設置されている説明を読み、歩いてすぐのところでチケットを買った。
虹の泉の入口で、方言のない言葉で会話していた、4名ほどの若いグループとすれ違った。
そして虹の泉には、私以外だれもいなくなった。
虹の泉の敷地は、約5,600平方メートル。

▲勝利者の丘

その空間は一つひとつが、陶芸でできている。

目線を下げると、キラキラと光を反射しているモザイク作りの床。

まるで波に反射する光のようだ。

モコモコとした白い陶芸は、雲だろう。

無邪気に遊ぶ子どものように、表情が豊かな天使たち。

▲ミューズの丘

ミューズの丘に立つ、ギリシャ神話に出てくる音楽や舞踏の神々。

人像樹の森

人像樹の森や、勝利者の丘。

大陶壁・翼壁側からの風景
大陶壁・翼壁

それらが大陶壁・翼壁の方を向いている。

▲雲上の椅子

雲上の椅子から、虹の泉全体を眺める。

▲雲上の椅子からの風景

一人の人間が持つ熱量が伝わってくる。
そしてそれは、光とともに私の中に入ってきて、元気をくれた。
なるほど。虹の泉ってそういうことか。
いまこうして、私は虹の中で、虹を浴びている感覚になった。

人は虹に出会うと元気になるのだ。

 

—構想から、約半世紀。

掲載の許可を取るためにチケット売場の方にお尋ねしたところ、奥様を紹介された。
パンフレットによると、作者である東健次さんは、残念ながら2013年に他界されていた。
奥様に電話でお話しを聞かせていただいた。
虹の泉は、世界の平和や家族を想う心など、普遍的な願いが込められているとのことだった。

僭越ながら、虹の泉の作者、東健次さんについて、頂いたパンフレットを要約したいと思う。
東健次さん(1938年〜2013年)は飯南町で育つ。全国現代陶芸展(主催:朝日新聞)入選、日展入選。セイロン、エジプトなどを旅する。1965年に青年海外協力隊として海外任務の傍ら、虹の泉の構想を練る。アルゼンチンに移住して窯を構えたスタジオを造る。1978年に帰国し、アトリエと窯を築き、虹の泉の創作がこの地で始まる。

1965年、虹の泉の構想から、2013年まで約半世紀。
一人の人間が魂を削り、想いを込めて創り続けた陶芸空間。
これからも、作者の想いとともに光り輝き続けて欲しい。
そして人々の心に虹をとどけ、多くの人を元気にして欲しいと願う。

ワタクシゴトで恐縮だが、虹の泉に訪れて以来、日常の中で何気なく、虹を探すようになった。
虹を探すことは、視線を下げずに上げることでもある。
取材から数日後。
会社の窓から外を眺めていた。
・・・あ!

人は虹に出会うと元気になる。

 

—おまけの話

この記事を書いていて、撮影した写真を選んでいた。
あれ!?

虹のフレアが、大陶壁の虹から顔を出していた。
おもわず、ニヤリ。

そう、人は虹に出会うと元気になるのだ。

 


 

陶芸空間 虹の泉
三重県松阪市飯高町波瀬(国道166号線沿い)
hp http://nijinoizumi.blog.fc2.com

 

yusuke.murayama

村山祐介。OTONAMIE代表。OTONA MASTER。
ソンサンと呼ばれていますが、実は外国人ではありません。仕事はグラフィックデザインやライター。趣味は散歩と自転車。昔South★Hillという全く売れないバンドをしていた。この記者が登場する記事

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