ホーム 00Otona Act 地域課題 ひとりをツナグ場所に行ってみよう。

ひとりをツナグ場所に行ってみよう。

明日、僕が死んだら。

普段何気なく使っているSNSやパソコンの中にある様々な個人情報の死後の世界を考える…

からはじまった「生き方」への疑問。

前回の記事はこちら↓
自宅で看取るって、大変ですか?

ある日突然亡くなってしまう。
そんな「もしかしたら」に対しては、日頃から準備が必要。

しかもその準備や想いを、あとに残る家族や友人に伝えておくことも必要なこと。

誰も知らなければ、「亡くなっていった人」の想いが遂げられることはない。

死に向かいながら、
最後まで自分らしく生きる「想い」をどう伝え、どう実現するのか。

前回お邪魔した三重県桑名市にある本願寺善西寺の矢田住職のご紹介で、
医療の現場にて最後を迎える本人やそのご家族と関わる、
終末期を支える関係者にインタビューを行った。
(前回は在宅医療に取り組むお医者さんにインタビューしました)

昨年、日本国内で亡くなられた方は一年間に約1,290,444人。

1日に換算すると3,535人の方が何らかの理由で亡くなったことになる。

超高齢化を迎える今後、いくらご長寿社会とはいえ、
永遠ではない命の終わりを迎える人はもっと増えてくると考えられる。

国内の死亡原因として最も多いのは癌となっており、
つまりは亡くなる方の多くは、病院で亡くなるケースがほとんどであると言えるのだ。

そんな医療の現場で、
緩和ケアや遺族ケアを専門に終末期を生きる人と家族のスピリチュアルニーズの理解とケアに関する研究、配偶者を失くした中年期男性の死別体験と家族の生活再構成に関する研究を行っている三重大学医学部看護学科の坂口美和先生にお話を伺った。

海外では今、アドバンス・ケア・プランニングの研究が進んでいる。
(将来の意思決定能力の低下に備えて、今後の治療・療養について患者・家族と医療者とがあらかじめ話し合うプロセスをアドバンス・ケア・プランニングという)

医師が事前に治療方針などの指示を行うのとは違い、
話し合いのプロセスを重視し、医療者と共有する点が最も大きな特徴といえる。

アメリカをはじめ欧米で盛んに研究が始まっているこの医療は、
医者と看護師、患者とその家族でひとつのチームを構成し、
「どう生き、どう死ぬか」を納得いくように考えるためのプロセスであるといえる。

元気な時に、健康でなくなった時のことを考え、家族に伝え、知ってもらうこと。

最先端の医療の中でもやはりそこが最も難しく、
「どのタイミングで」「誰が」その話を切り出すのかは非常に重要なポイントとなるそう。

切羽詰まった時にはもう、言い出しにくい。
普段の健康な状態ではなかなか切り出せない。

怪我や病気になり、病院で生活するような「想像できない未来」が、
こういった先進医療の考え方をより困難にしているのであろうと思う。

家族や地域のつながりが希薄になりつつある現代、
個人の「こころ」の問題にまで踏み込むことには覚悟がいる。

ましてや、本人が自宅での在宅医療を望むのであればなおさら。

家族間での在宅医療に対する体制や自宅の状態まで、
受け入れる側の覚悟も同時に必要とされるのだ。

本当に、患者となる本人の希望を叶えることができる社会を築くためには、
家族はもとより地域そのもののつながりや理解や協力が不可欠。

お話を伺う中で、
「最後までどう生きるか」を考えていく上では、
医療者の努力だけに頼るのではなく、
普段の暮らしや人とのつながりをもう一度考える必要があるのだ…と感じた。

「矢田くん、相変わらず元気にしてる?」

インタビューの開口一番、坂口先生から善西寺の矢田住職の息災を尋ねられた。

矢田くん?

確かに温和な、非常に話しやすい住職さんだけど…。

矢田くん??

坂口先生と矢田住職は、
緩和ケアやご家族を亡くされた方の家族ケアなど
様々な取り組みを医療と地域全体で連携して取り組んでいく地域包括医療の仕組み作りに取り組んでおられ、お付き合いは長く、気心も知れた仲間だそう。

坂口先生が取り組むアドバンス・ケア・プランニングは、欧米で始まった医療。

家族や地域が連携し、どう生き、どう死んでいくかを支える仕組み。

元気な時に、「その時」を考え、どうしたいかを話し合う、伝えるもの。

こういった先進の医療とお寺の住職さんが仲良くつながってること…の不思議。

お寺と医療が繋がる、
そんな不思議は、お寺そのものが持つ古典的な機能と矢田住職ご本人の経歴にも深い関係があった。

三重県桑名市にある走井山善西寺の第十五代住職矢田俊量氏は
名古屋大学大学院で生命科学を学び、東京大学で理学博士を取得、
その後、アメリカの医科大学で研究員として勤められたいわば生命科学のプロフェッショナル。

その後、尊いご仏縁によりご実家である善西寺の住職を継職されたとのこと。

「向き合うものが”生命”から”いのち”に変わっただけですよ」

生命科学の研究者でありお寺の住職であること。

一見すると生と死の対極にあるような世界観の真ん中にいる矢田住職だから、
生命の在り方といのちの在り方、生き方やそれを実現するための地域の在り方が立体的に見えているのかもしれない。

人が集まり、生と死の中間で生き方を考える場所。

そう考えるとお寺の持つ意味は、なんとなくそんなものではないのだろうかと改めて感じてしまう。

境内で子供が遊び、地域の方々がお祭りや行事で集まる場所。

お墓があって、本堂にはいのちや生き方を象徴する仏様が鎮座する。

善西寺さんには実に様々な人が集まっている。

夏休みの子供たちの現代版寺子屋?のようなキッズサンガに、毎月開催されるおてらこども食堂。

そこに集まってくるのは、子供たちばかりではなく、その親やお寺の檀家さん、そして地域の人。

お寺を中心にして、人が集まり、何かを感じ、何かを学んでいく。

お寺を訪れ、なんとなく本堂に手を合わせることは、
宗教観だけではなく「いのち」そのものを感じ、考えるためのひとつの方法であるような気がする。

「明日、僕が死んだら。SNSの恥ずかしい投稿や写真はどうなるんだろうか?」

本当に小さな、そんなふとした疑問からはじまった「生き方を考える」時間。

たぶん答えはなかなか出ないのだろうし、まだまだ分からないこともたくさん。

それでも。

必ず訪れるであろうその時まで、どう生きるかを「感じる」ことは必要。

いろいろな人と出会い、話をし、つながっていくことで、きっとそれは変わっていく。

そもそも、お寺さんに行って住職さんとお話をする機会なんて今までなかったし、
まさか住職さんにお医者さんや大学の先生をご紹介いただくなんて考えもしなかった。

お寺で子供が走り、大人が集まって井戸端会議している風景は、どこか懐かしく、新鮮。

生と死をツナグ
ひとりと地域をツナグ。
生命といのちをツナグ。

お寺はもしかしたらそんな場所であったのかもしれない。

お寺を訪ねて、お墓をお参りしながらなら、本堂に手を合わせながらなら。

「明日もし、僕が死んだら。僕のSNSに、僕が死んだことと、今までありがとうって…。お前が書いてくれへん。」
って、家族にお願いできるかもしれない。

 

 


タイアップ

浄土真宗 本願寺派 善西寺
住所:三重県桑名市西矢田27-2
電話:0594-22-3372
FB  :https://www.facebook.com/zensaiji987/


 

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